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歌曲 「春への憧れ」 K.596

  • Fröhlich(喜ばしげに) 6/8 ヘ長調
〔作曲〕 1791年1月14日 ウィーン
1791年1月





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モーツァルトの最後の年の初めに書かれた、4行10節の有節歌曲。 ヘ長調、8分の6拍子。 ドイツ語で「喜ばしげに Fröhlich」と指示されている。 自作目録に上記の日付で記載。 そこには、この曲も含めて3つのドイツ語歌曲、「春への憧れ K.596」、「春の初めに K.597」、「子供の遊び K.598」が並んでいる。 アルベルティ(Ignaz Alberti)がこの年に出版した子供のための歌集「Liedersammlung für Kinder und Kinderfreunde am Clavier」のために書かれ、その「春の部 Frülingslider」に収録された。 3曲とも簡素な小曲であり、天真爛漫な子供たちが無邪気に歌うことができるように作られている。 この頃モーツァルトは悲惨な窮迫のどん底にあったにもかかわらず、そんな困窮を微塵も感じさせない。

その中で最初に書かれたこの曲の歌詞は、オーヴァベック(Christian Adolf Overbeck, 1755−1821)の童詩集「フリッツヒェンの歌」の中から採られた。 主題は1月5日に作られた前曲(最期のピアノ協奏曲 K.595)の第3楽章主題による。 アインシュタインはそのピアノ協奏曲との関係を次のように述べている。

フィナーレはおぼろげな楽しさを呼吸している──それはこの世を去った幼な子らが極楽で遊び戯れるさまに似ていて──、楽しげで、愛も憎しみもない。 モーツァルトはこのロンドの主題を、数日後、『春への憧れ』のタイトルをつけた一曲のリートのために用いた。 それは、これが最後の春だということを自覚した、諦念の明朗さである。
[アインシュタイン] p.427
また、礒山は
少年はこの歌で、「すみれ」との再会を夢見ている。 これを作曲しているとき、モーツァルトの脳裏に、あの踏みつぶされた「すみれ」が浮かんだのではないだろうか。 もしそうであるとすれば、この曲は、6年前の《すみれ》を回顧するものとなる。 凝った旧作とシンプルな新作のあいだにある距離には、モーツァルトの晩年を考えるヒントもひそんでいそうである。
[礒山] pp.129-132
と評し、アインシュタインに通じる「モーツァルトの晩年に見られる諦念の明朗さ」を「すみれ K.476」との関係の中でとらえている。 モーツァルト自身が「これが最後の春だ」と自覚していたかどうかはわからない。 実際、この年の春が彼にとって最後の春となるのだが、本人は困窮した経済状態を好転させようと精力的に活動していただけで、自分の残された寿命を考えた上で帳尻を合わせようとしたのではない。 しかし、彼の死後、自分の死を自覚していたかもしれないと思わせる伝説が作られた。 その一つは、ロンドンからウィーンを訪れていた興行師ザロモン(Johann Peter Salomon, 1745-1815)が前年暮れ(1790年12月)にハイドンとモーツァルトにロンドン行きを勧めたときに見られる。 ハイドンはその勧めに応じたが、モーツァルトはウィーンに残る(「来年行く」と約束したが)ことになった。 そのときモーツァルトはハイドンに「お互いに会えるのはこれが最後のような気がします」と言っているが、それはハイドンの記憶(思い出は美しく書き換えられるものだ)なのか、それとも伝記作家の創作かもしれない。 ともかくモーツァルトが自分の死が近いことを予感していたという有名なエピソードとなっている。

1791年に書かれたほかの作品からも感じられるように、やはりこの曲からも透明な「告別の音楽」が聞こえるが、その透明感はモーツァルトのすべての音楽に共通するものであり、たまたま彼の最後の年に作られたために「告別」という印象を強く受けるのだろう。

多くのモーツァルティアンにとっては、1791年の作品は告別の音楽にきこえるという。 だが、この告別という言葉を文字どおりに受け取ってはならない。 モーツァルトは衰弱や諦観も、あるいは、近い死を予感した人間のノスタルジックな悲しみも表明しているわけではないからだ。 それどころか、この年の初めから、春めいた若々しい力を再び取り戻している。
[オカール] p.169
とは言いながらもオカールは続けている。
けれども、告別という言葉が、みずから歌っていることから離脱してしまった人間の状態を指すのなら、やはり根拠のある言い方だといってよい。
要するに、この歌曲に限らず、モーツァルトの音楽はそのまま聞き流すなら簡単だが、捕えようとすれば難しいという一例である。 それを礒山は「モーツァルトの二つの顔」と端的に言い表している。 そのうえで、オカールは「これらの美しい音楽が、はるかかなたにみえながら、すぐそばにあるといった、きわめて不思議な光に活気をあたえられていることだ」と評している。

余談であるが、よく知られているように、ザロモンはモーツァルトの最後の交響曲ハ長調 K.551 に『ジュピター』というあだ名を付けた人物であるが、彼がモーツァルトに対してロンドンに来るように働きかけたのはこれが初めてではなかった。 1786〜87年、彼はロンドンにおいてモーツァルトを受け入れる環境を整える準備をしていた。 アトウッドストレース嬢の後押しもあり、モーツァルトは英語の勉強までして、ロンドン行きを考えたことがあった。 ただし、その計画は実現しなかった。
1790年暮れのザロモンの提案にもしモーツァルトが応じていたなら、その後の展開はどうなっただろうか。 とにかく、モーツァルトは自分に対して無理解で冷淡なウィーンに残り、借金を重ねながらも、成功を信じて最後の年を迎えた。

〔歌詞〕(第1・2節)
Komm, lieber Mai, und mache
Die Bäume wieder grun,
Und lass mir an dem Bache
Die kleinen Veilchen blüh'n!
 
Wie möcht'ich doch so gerne
Ein Veilchen wiederseh'n,
Ach, liebr Mai, wie gerne
Einmal spazieren geh'n!
  来ておくれ、なつかしい五月よ、
来て樹々をふたたび緑にしておくれ、
そしてぼくのために、小川のほとりに
かわいいすみれを咲かせておくれ!
 
どんなにかぼくはすみれの花を
もう一度見たがっていることだろう、
ああ、なつかしい五月よ、どんなにか
ぼくは散歩に出かけたいことだろう!
 
西野茂雄訳 CD[EMI Angel CC30-9018]

〔演奏〕
CD [EMI TOCE-7589] t=2'05
シュワルツコップ Elisabeth Schwarzkopf (S), ギーゼキング Walter Gieseking (p)
1955年4月、ロンドン
CD [EMI 7-63702-2] t=2'05
上と同じ
CD [UCCG 4118] t=1'47
シュトライヒ Rita Streich (S), ヴェルバ Erik Werba (p)
1956年5月、ベルリン
CD [EMI Angel CC30-9018] t=2'41
アメリンク Elly Ameling (S), デムス Jörg Demus (p)
1969年12月、ベルリン
CD [DENON 28CO-1864] t=2'15
シュライアー Peter Schreier (T), デムス Jörg Demus (p)
1975年9月、ドレスデン
CD [PHILIPS 422 524-2] t=2'24
アメリンク Elly Ameling (S), ボールドウィン Dalton Baldwin (p)
1977年8月、オランダ
CD [PHILIPS UCCP-4085/7] t=2'27
上と同じ
CD [COCO-78062] t=2'16
白井光子 (Ms), ヘル Hartmut Höll (p)
1985-86年、ハイデルベルク
CD [WPCC-4279] t=2'56
シュリック Barbara Schlick (Ms), マトー Tini Mathot (fp)
1990年5月、ユトレヒト
CD [WPCC-4666] t=2'10
ボニー Barbara Bonney (S), パーソンズ Geoffrey Parsons (p)
1990年8月、ベルリン

〔動画〕
[http://www.youtube.com/watch?v=umw-8J-O14o] t=2'05
Elisabeth Schwarzkopf (S), Walter Gieseking (p)
[http://www.youtube.com/watch?v=orIUJbBSjWk] t=1'56
シュトライヒ Rita Streich (S)
1959年
[http://www.youtube.com/watch?v=M_j1il65RY0] t=2'15
ボニー Barbara Bonney (S), パーソンズ Geoffrey Parsons (p)
[http://www.youtube.com/watch?v=9URYugPt1RU] t=2'30
ナナ・ムスクーリ

〔参考文献〕


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2012/05/20
Mozart con grazia