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ピアノ・ソナタ 第13番 変ロ長調 K.333
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「モーツァルトのピアノ・ソナタの最高峰に位置する名曲」(久元)と評価の高いこのソナタは1778年パリでの作と見られ、 315c という番号で位置づけられていた。 その年の7月3日に母が客死。 故郷ザルツブルクに残る父レオポルトとの間で息詰まるような手紙のやりとりがある。 そんなとき、ロンドンからクリスチャン・バッハが来た。 そして8月27日にモーツァルトは、自由奔放過ぎる息子に苛立つ父に手紙を書いている。
ロンドンのバッハさんが当地へ来て、すでに二週間になります。 彼はフランス語オペラを書く予定です。 当地には、ただ歌手を聴きに来たわけで、そのあとロンドンに戻り、作品を書き上げてから、もう一度舞台にかけるために来るでしょう。 ぼくらが再会したときの彼のよろこびとぼくのよろこびがどんなだったか、容易に想像してもらえますね。ロンドンのバッハとはヨハン・クリスティアン・バッハであり、モーツァルトは8歳のときロンドンで出会ってから生涯通して尊敬し、大きな影響を受けたことはよく知られている。[書簡全集 IV] p.246
モーツァルトが再びヨーハン・クリスティアーン・バッハと自分自身への帰り路を見いだしたのだと言えよう。 ヨーハン・クリスティアーンへのというのは、特に第一楽章においてであり、自分自身へというのは、特にフィナーレにおいてである。 実際にヨーハン・クリスティアーンは1778年8月のはじめにパリへやって来ていた。 そして彼が、その翌年に作品17番として出版したらしいソナタを、モーツァルトに知らせなかったはずはない。と書いているように、クリスティアン・バッハのソナタ「作品17-4」との類似性から、ちょうどこの時期に成立したものと思われていた。 確かに辻褄が合う推測であった。[アインシュタイン] pp.337-338
イギリスのバッハが亡くなったことは、ご存じでしょうね。 音楽の世界にとって惜しむべきことです!と書いているように、音楽上の大きな影響を受け尊敬していた先輩に捧げたオマージュと推測されている。 こうなると、ケッヘル番号(K.315c)も K.425 の後に置かれるものと思われる。 モーツァルトがリンツからウィーンに戻ったのは1783年11月末か12月初めの頃であり、[全作品事典]はこのソナタの成立を「11月半ば、リンツとウィーン」とし、来るウィーンの冬の演奏会シーズンのために書いたものとしている。 モーツァルト自身が演奏するためであれば、このソナタはかなり高度な技巧を要すると言われることもうなずける。 また、第3楽章には28小節の大カデンツァがあり、これはソナタの枠を越え、コンチェルトの中でこそふさわしいほどであり、作曲者はウィーンの聴衆を魅了して余りあるパフォーマンスを意識していたことは間違いない。[手紙(下)] p.54
1784年に3曲のソナタ(K.284、K.333、K.454)が「作品 VII」としてウィーンのトリチェラから出版された。 これらのソナタは「なかなかの難曲であるという点で共通している」という。
この3曲はかなり高度な技巧を受け入れることができる愛好家を想定して出版されたと考えられる。すなわち「プロに近い腕前の人」向けに選んだ曲集であった。[久元1] p.103
〔演奏〕
CD [BVCC 38393-94] t=29'18 ランドフスカ Wanda Landowska (p) 1955・56年、アメリカ、コネチカット州レイクヴィル |
CD [CBS SONY 25DC 5223] t=19'54 クラウス (p) 1967-68年 |
CD [SONY SRCR 2625] t=13'13 グールド Glenn Gould (p) 1970年 |
CD [DENON CO-3860] t=19'08 ピリス Maria Joao Pires (p) 1974年1・2月、東京、イイノ・ホール |
CD [PHILIPS PHCP-9251] t=29'45 グルダ Friedrich Gulda (p) 1977年1月、ウィーン |
CD [PHCP-20328] ※上と同じ |
CD [ACCENT ACC 8851/52D] t=22'53 ヴェッセリノーヴァ Temenuschka Vesselinova (fp) 1990年2月、オランダ、ハールレム ※1788年シュタイン製のレプリカ(1978年ケレコム製)を使用 |
CD [ALM Records ALCD-1012] t=29'03 渡邊順生 (fp) 1993年11月、埼玉、入間市民会館 ※Hofmann製フォルテピアノ使用 |
〔動画〕
〔参考文献〕
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