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弦楽五重奏曲 イ短調 断片 K.Anh.79
〔作曲〕 1791年3月かそれ以降(推定) ウィーン |
アインシュタインにより K.515c に位置づけられていた。 彼は交響曲の作品において、ト短調 K.550 とすぐあとにつづくハ長調 K.551 の関係になぞらえて、弦楽五重奏曲の作品において、ハ長調 K.515 とあとにつづくト短調 K.516 との関係性によってこの断片を説明しようとしたのであった。
モーツァルトはまずイ短調の五重奏曲(K.Anh.79)を書きはじめたのであったが、哀感をそそる『異国可風な』響きを得がちなこの調を、このような場合にもっと手馴れている調を用いるために、見捨ててしまったのである。しかしその後、五線紙の用紙研究をもとに、タイソンはK.Anh.87 (K.515a)とともに、ハンガリーの音楽愛好家(トストか?)の注文を受けて1791年に書かれたものと推定した。 これによりアインシュタインの考え(ハ長調 K.515 のあとの短調作品をイ短調で書き始めたのを放棄し、ト短調の K.516 を完成させたという説)は退けられることになった。 またさらに、これを第1楽章とし、K.515a(ヘ長調)を第2楽章として一曲になるものとの推測もある。[アインシュタイン] p.268
この断片は、ヘ長調のアンダンテK.Anh.87や1791年4月12日に完成された五重奏曲変ホ長調K.614と並んで、弦楽器のための室内楽におけるモーツァルトの最終発信をなすものである。 イ短調の楽章提示部が72小節に及び、骨組みとしては完成されている。 しかし記譜されているのは構造にかかわる素材のみで、副次的な伴奏声部や書法の輪郭付けは省略されている。そしてヴォルフは「モーツァルトが書き込まなかったのは副次的要素であるから、理に適った推測により補ってゆくことが可能である」といい[ヴォルフ] p.235
そこから明らかになるのは、この五重奏曲提示部が鳥肌が立つような音楽だということであり、先々の展開と締めくくりはさぞスリルに富んだものにちがいない、という期待が湧き上がってくる。と高く評価している。
(中略)
全体的な性格や技術的な要求において、イ短調断章のヴィルトゥオーゾ風デザインは、先行する五重奏曲K.593、K.614を凌駕するものである。
ディートハイム版、スミス版の補作がある。
〔演奏〕
CD [KKCC-4123-4] t=5'16 オランダ・ソロイスツ・アンサンブル 1992年 |
〔動画〕
〔参考文献〕
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