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ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216
〔作曲〕 1775年9月12日 ザルツブルク |
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モーツァルトのヴァイオリン協奏曲のなかでもっとも評価の高い曲であり、また「シュトラスブルク」というあだ名が付けられていることでも有名である。 第2番 K.211 とともにフランス風の様式で書かれているが、しかしたった3ヶ月後に作られた第3番は前作をはるかに越えた傑作と言われている。 オカールは「豊かさが何ら誇張されることなく生じ、詩的含蓄が巧妙に自然に配置された区切りのあと揺れ動きながら徐々に消滅していく。 こうした円熟期の傑作のなかで決定的な役割を演ずる内的衝動がこの曲からはっきりと現れるのである」と絶賛している。 また第2番については辛口だったアインシュタインも
単純な伴奏はここにも見られるが、この場合にはもはや初歩的なところがない。 これら3曲(第3、4、5番)には新しい精神、つまり個人の精神、モーツァルトの精神が生きているからである。 第2曲(K.211)と第3曲(K.216)の成立のあいだに横たわる3カ月間になにが起こったのであろうか? われわれはそれを知らない。 だが突然いっさいが深くなり豊かになるのである。 第3曲の緩徐楽章は、アンダンテの代りに,あたかも天から降って来たようなアダージョで、オーボエの代りにフルートを使い、全く新しい音響の性格をもつニ長調で書かれている。 3楽章すべてに、あの「不意打ち」が二重の意味で現れる。 すなわち、アダージョにおいて終りにもう一度憧れと哀愁に満ちて独奏楽器が語るとき、ロンドにおいて管楽器が結末の言葉を引き受けるとき、そしてこのロンドが明らかにフランス風の2、3の滑稽な、またはのんきな引用楽句を持ち出すとき、壮麗な第1楽章の再現部が語るようなレチタティーヴォに導かれてくるときなどがそれである。 突然オーケストラ全体が語りはじめ、独奏楽器と新しい関係を持つにいたる。 モーツァルトの創造に奇蹟があるとしたら、このコンチェルトの成立こそそれである。と賞賛している。 第2曲と第3曲のあいだの3カ月間に何があったのか。 ザスローは「1775年の夏の間のモーツァルトの活動は異例だったとは認識されてはいない。 作曲様式の際立った高まりを説明するような個人的体験や音楽的体験は、何も記録されていない」ことから、作品の水準が短期間のうちに飛躍的に高まることについて、その説明の必要がないということが[アインシュタイン] p.381
モーツァルトの早熟な才能の本性にあるのかもしれない。 その技芸を実践するかぎり、彼は成長しつづけたからである。と言っている。 また、この曲にはいくつかの目立った特徴があることでも有名である。 その一つは、第1楽章の主題が4月23日に完成した「イル・レ・パストーレ(羊飼の王様)」(K.208)のアミンタのアリアの冒頭旋律と同じであることである。 第2楽章は、オーボエはフルートと交代し、ホルンが低い調に下がり、オーケストラのヴァイオリンが弱音器を付け、チェロとコントラバスがピッツィカートを奏することで新しい音響を生み出している。 このやり方をのちに「アダージョ ホ長調」(K.261)でも使って効果を上げている。 そしてこの曲が「シュトラスブルク」というあだ名で呼ばれる理由が第3楽章にある。 そのあだ名はモーツァルト父子の間で使われていて、お互いがどの曲を特定するものだったかは理解し合っていた。[全作品事典] p.185
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土曜日には芝居に行きましたが、それにはフランス語の切り狂言がありました。 そこで、その間、衣装替えのため、ブルネッティがコンチェルトを一曲弾かねばなりませんでした。 しかもそれはシュトラスブルガーのついたおまえの曲でした。 彼はけっこううまく弾いたが、ただ両端のアレグロでときおり間違い、しかも一度はカデンツァのところで、やりすぎてほとんどめちゃくちゃになりました。と書いて知らせていたし、またモーツァルト自身も、19日の日曜日にアウクスブルクのハインリヒ・クロイツ修道院で「シュトラスブルク協奏曲」を弾いて、喝采を浴びたことを父に伝えていた。 そしてそのコンチェルトとは(両端がアレグロ楽章ではないにもかかわらず)ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調(K.218)と推測されていた。 しかし近年、この第3番の第3楽章にある旋律が当時の民謡「シュトラスブルガー」と同じであることがわかり、「シュトラスブルク協奏曲」とはこの第3番であろうといわれるようになっている。[書簡全集 III] p.93
野口秀夫による「シュトラスブルク協奏曲」に関する詳細な研究がある。 「神戸モーツァルト研究会」例会報告から
〔演奏〕
CD [EMI CDH 7-63718-2] t=23'45 メニューイン Yehudi Menuhin (vn), エネスコ指揮 Georges Enesco (cond), パリ交響楽団 Paris Symphony Orchestra 1935年12月 ※第1・第2楽章カデンツァはフランコ Sam Franco. |
CD [EMI TOCE-11451] t=23'45 上と同じ |
CD [EMI TOCE-15011] t=23'48 ゴールドベルク (vn), ジュスキント指揮フィルハーモニア管弦楽団 1951年8月 |
CD [BMG 74321 21278 2] t=23'56 スーク Josef Suk (vn), プラハ室内管弦楽団 Prague Chamber Orchestra 1972年 |
CD [CLASSIC CC-1001] t=28'06 ムター Anne-Sophie Mutter (vn), カラヤン指揮 Herbert von Karajan (cond), ベルリンフィル Berliner Philharmoniker 1978年 |
CD [POCL-3632] t=24'58 藤川真弓 (vn), ヴェラー指揮 Walter Weller (cond), ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団 Royal Philharmonic Orchestra 1979年、ロンドン |
CD [DENON 28C37-32] t=23'28 スーク Josef Suk (vn), プラハ室内管弦楽団 Prague Chamber Orchestra 1985年 ※カデンツァはマルトー Marteau. |
CD [claves KICC-9308/10] t=22'20 グッリ Franco Gulli (vn), ジュランナ指揮 Bruno Giuranna (cond), パドヴァ室内管弦楽団 Orchestra da Camera di Padova 1989年5月、パドヴァ |
CD [POCL-4178/9] t=20'50 スタンデイジ Simon Standage (vn), ホグウッド指揮 Christopher Hogwood (cond), エンシェント室内管弦楽団 Academy of Ancient Music 1990年8月、ロンドン |
CD [Virgin Classics, 7243 5 61576 2 0] t=22'21 ハジェット Monica Huggett (vn, cond)指揮, Orchestra of the age of enlightenment 1993年12月、ロンドン |
CD [WPCS-12354/5] t=22'34 ギドン・クレーメル (vn), クレメラータ・バルティカ 2006年8月、ザルツブルク音楽祭でのライブ録音、全カデンツァは R.D.レヴィンによる |
〔動画〕
〔参考文献〕
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