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3年前の1763年6月9日に西方への大旅行に出発したモーツァルト一家は、ようやく1766年11月29日に帰郷することになる。
最も遠方の地ロンドンではクリスチャン・バッハ(当時30歳)から直に学ぶ機会を得ることができたのは大きな収穫であった。
実は1766年7月24日に一家はロンドンを出発し、ドーヴァー海峡を渡り、大陸に戻ったあと、レオポルトはイタリアへ向い、ミラノとヴェネツィアを回ってからザルツブルクに帰るつもりでいた。
ところが、ロンドンを離れるとき、当時18歳のオランダ総督オランニエ公ヴィレム5世(Willem V, 1748~1807)の命を受けたオランダ駐英大使の熱心な懇願により目的地を変更せざるを得なくなった。
用意周到な計画を信条とするレオポルトが変更を決心するとはよっぽどのことであろうが、その理由として、彼一流のユーモアで「お腹の大きな女の人からの願いは断ってはいけない」からだとしている。
ここでの「お腹の大きな女の人」とは、ヴィレム5世の姉フォン・ヴァイルブルク侯妃カロリーネのことである。
カロリーネ王女 |
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この作品はどれも10歳の少年モーツァルトがクリスチャン・バッハの影響を強く受けた直後のものであり、それを貪欲に消化吸収しようとする過程が見られる。 ただし、アインシュタインは(これ以前のソナタも含めて)
これらは少年の音楽的発展を見るにはこのうえなく興味をひくものであるが、ほとんど伴奏ヴァイオリンを伴うピアノのための練習用ソナタでしかなく、またそれ以上の価値を持たない。 これらのソナタの楽章の多くは、元来ピアノだけのための曲として存在したのである。と手厳しい。 しかし、モーツァルトのこのジャンルの作品では、作品1(K.6~K.7)、作品2(K.8~K.9)、作品3『ロンドン・ソナタ』(K.10~K.15)までは「ヴァイオリン伴奏可能なクラヴサンのためのソナタ Sonates pour le clavecin qui peuvent se jouer avec l'accompagnement de violon」という標題であったのに対して、この『ハーグ・ソナタ』(K.26~K.31)では「ヴァイオリン伴奏付きのクラヴサンのためのソナタ Sonates pour le clavecin avec l'accompagnement d'un violon」となっていて、もはやヴァイオリンを省いて演奏することはできないものになっているのである。 ソロモンは「(これらのソナタは)創意に満ち、技術的には当時のほとんどの有名作品に匹敵する」というトーヴィの言葉を引用し、一定の評価を与えている。 このジャンルでその後のモーツァルトが到達した高みを考えると、この『ハーグ・ソナタ』の時点で10歳の少年が当時の優れた作曲家とすでに肩を並べるまでになろうとしていたと言っても過言でない。[アインシュタイン] p.345
ソナタ 変ホ長調 K.26
〔作曲〕 1766年2月 ハーグ |
6曲からなるソナタ集の中でこの曲だけが3楽章で、他は2楽章である。 シリーズの開幕を印象づけるように力強くしかし軽快に始まる。 しかし完全なソナタ形式ではなく、第2主題を省き、再現部も不完全であり、「意識的に古いタイプの二部形式がとられている」という。 中間楽章は一転して短調であるが、暗く沈むことはなく、荘重でゆっくりとした歩調で進む。 再び軽快なフランス風ロンドで、舞うようなピアノと伴奏ヴァイオリンのアンサンブルが心地好い。
〔演奏〕
CD [PHILIPS PHCP-9081-2] t=11'09 ヴェルレ Blandine Verlet (hc), プーレ Gerard Poulet (vn) 1974-75年 |
CD [音楽出版社 OACD-2] t=5'35 小林道夫 (p), 岡山潔 (vn) 1991年8月、松伏町田園ホール・エローラ |
〔動画〕
ソナタ ト長調 K.27
〔作曲〕 1766年2月 ハーグ |
ハーグ・ソナタ第2番。 オランニエ公妃への作品4の2。 ここからクリスティアン・バッハに倣って第6番(K.31)まで2楽章構成でさまざまな音楽表現を試している。 第1楽章ではピアノが繊細に歌い、ヴァイオリンが伸びやかに優しく付き添うようで、叙情的な静けさが美しい。 跳ねるような第2楽章の中間部でト短調に変り、一瞬の翳りが現れるが、すぐまた生き生きとした明るさに戻る。
〔演奏〕
CD [東芝EMI TOCE-6725-30] t=9'12 クラウス Lili Kraus (p), ボスコフスキ Willi Boskovsky (vn) 演奏年不明 |
CD [PHILIPS PHCP-9081-2] t=7'10 ヴェルレ Blandine Verlet (hc), プーレ Gerard Poulet (vn) 1974-75年 |
CD [音楽出版社 OACD-2] t=5'33 小林道夫 (p), 岡山潔 (vn) 1991年8月、松伏町田園ホール・エローラ |
〔動画〕
ソナタ ハ長調 K.28
〔作曲〕 1766年2月 ハーグ |
ハーグ・ソナタ第3番。 オランニエ公妃への作品4の3。 第1楽章はやはり不完全なソナタ形式をとっている。 シリーズの3番目に置かれた「ハ長調」が晴れやかな広がりを印象づける。 第2楽章は軽快で優雅な舞踏の雰囲気がある。 ピアノがさらに躍動的になるに合わせて、今まで従属的だったヴァイオリンが初めてピアノと交互に歌い出してくる箇所がある。
〔演奏〕
CD [PHILIPS PHCP-9081-2] t=5'35 ヴェルレ Blandine Verlet (hc), プーレ Gerard Poulet (vn) 1974-75年 |
CD [音楽出版社 OACD-2] t=3'49 小林道夫 (p), 岡山潔 (vn) 1991年8月、松伏町田園ホール・エローラ |
〔動画〕
ソナタ ニ長調 K.29
〔作曲〕 1766年2月 ハーグ |
ハーグ・ソナタ第4番。 オランニエ公妃への作品4の4。 ヴァイオリンが技巧的に使用され、ますますピアノと一緒になって曲を進めてゆく。 第2楽章はこのシリーズ中で唯一のメヌエット。 トリオはメランコリックなニ短調で、その美しさには定評がある。
〔演奏〕
CD [PHILIPS PHCP-9081-2] t=6'56 ヴェルレ Blandine Verlet (hc), プーレ Gerard Poulet (vn) 1974-75年 |
CD [音楽出版社 OACD-2] t=4'33 小林道夫 (p), 岡山潔 (vn) 1991年8月、松伏町田園ホール・エローラ |
〔動画〕
ソナタ ヘ長調 K.30
〔作曲〕 1766年2月 ハーグ |
ハーグ・ソナタ第5番。 オランニエ公妃への作品4の5。 ピアノの左右の手による二重唱の叙情豊かなアダージョが印象的である。 そのせいかヴァイオリンは再び伴奏役として従属的になっているが、絶妙な息遣いでピアノを包み込んでいるようである。 第2楽章のフランス風ロンドで一瞬、ヘ短調に翳るところにはモーツァルト特有の美を感じることができる。
〔演奏〕
CD [PHILIPS PHCP-9081-2] t=5'51 ヴェルレ Blandine Verlet (hc), プーレ Gerard Poulet (vn) 1974-75年 |
CD [音楽出版社 OACD-2] t=6'01 小林道夫 (p), 岡山潔 (vn) 1991年8月、松伏町田園ホール・エローラ |
〔動画〕
ソナタ 変ロ長調 K.31
〔作曲〕 1766年2月 ハーグ |
ハーグ・ソナタ第6番。 オランニエ公妃への作品4の6。 軽快にピアノとヴァイオリンが駆け出し、少年モーツァルトの瑞々しい感性がほとばしる。 第2楽章は主題と6つの変奏から成り、このシリーズの最後に変奏曲で締めくくるという工夫が見られる。 全体を通してヴァイオリンは従属的な役割であり、アインシュタインはクリスティアン・バッハの作品10番(1775年頃)などと比較して
ヴァイオリンの劣った地位が一番よく示されているのは、ハーグ・ソナタ(K.31)の6つの変奏曲である。 ここではヴァイオリンは終始伴奏の役にとどまっている。 モーツァルトはこの点では奇妙にも彼の模範たちより以上にひかえめである。と言っている。 しかし実際に演奏を耳にすると、ヴァイオリンがときにピアノより前面に出ようとする掛け合いがあり楽しい。[アインシュタイン] p.346
〔演奏〕
CD [PHILIPS PHCP-9081-2] t=8'10 ヴェルレ Blandine Verlet (hc), プーレ Gerard Poulet (vn) 1974-75年 |
CD [音楽出版社 OACD-2] t=5'08 小林道夫 (p), 岡山潔 (vn) 1991年8月、松伏町田園ホール・エローラ |
〔動画〕
〔参考文献〕
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