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ピアノのためのロンド イ短調 K.511

  • Andante イ短調 6/8
〔作曲〕 1787年3月11日 ウィーン
1787年3月



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5月28日、父レオポルト・モーツァルトの死を迎えることになるこの年はまた、10月28日に『ドン・ジョヴァンニ』が作曲される意義深い年でもあり、オカールは「この年に書いた作品は生涯のどんな時期よりもずっと表現力に富んでいる」と言っている。 それは彼の自作目録を見ると、確かにうなずけるものがある。
輪舞曲や回旋曲などと訳される「ロンド」とは、一つの主要な旋律(A)が、別のいくつかの旋律(BやC)をはさみながら何回か繰り返されるものであり、この曲は「A・B・A・C・A・A」のように構成されている。 そして、だいたいが明るく軽やかというのがロンドの性格である。 それに反して、この曲のアンダンテの主題は何かの嘆きを代弁しているかのようである。

ロンドはもともと明るくかろやかで急速なものが多い。 このロンドはまさにそうした性格とは対蹠的である。 アンダンテをとるこのロンドの主題は半音の動きが微妙なたゆたいを見せて進む嘆きのシチリアーノのように響いてはつづけられ、くりかえされるが、その響きは、なにかの想いをひとり静かに噛みしめ、反芻しているかにみえる。 それは一体なんなのだろうか。
[海老沢] p.145
モーツァルトはなぜこのようなロンドを書いたのだろうか。 よく知られているように、父の死を予感している手紙が残されている。
1787年4月4日
最近のお手紙から、ありがたいことに大層お元気だと推察できたばかりなのに、お父さんが本当に病気だと聞いたので、なおさらがっかりしました。 ・・・ 私は何ごとについてもいつも最悪のことを考えるのが習慣になっています。 死は(厳密に考えて)われわれの一生の真の最終目標なのですから、私は数年この方、人間のこの真の最善の友ととても親しくなって、その姿が私にとってもう 何の恐ろしいものでもなくなり、むしろ多くの安らぎと慰めを与えるものとなっています。
[手紙(下)] p.124
この手紙文には次のことが続いて書かれている。
この点については(ストレース夫人が荷物に入れた)手紙ですでに(ぼくの最愛の親友フォン・ハッツフェルト伯爵の悲しい死に際して)ぼくの考え方を述べておきました。 彼はちょうどぼくと同じ31歳でした。 ぼくは彼を嘆き悲しむのではなくて、ぼくや、ぼくと同じように彼をほんとに身近に知っていたすべての人たちに心からお悔やみを申します。
[書簡全集 VI] p.385
モーツァルトは親友ハッツフェルト伯爵の死(1月30日31歳)を悲しみ、それに関する手紙(ストレースは紛失してしまったが)だけでなく、「心の友の死を悼みつつ」一つの音楽作品を書き残したのだろう。 それがこのロンドであると海老沢は言う。
モーツァルトは心友の死をめぐる想いをこのロンドに託したのではなかったか。 思いはゆらいではつづられ、転調は微妙にその思いをあらわとし、そして半音の動きは時には絶望の思いさえ垣間見せる。 と、曲はイ長調に変り、ドルチェの新しい副主題が姿を見せる。 どこかで聴いたことがあるような楽想である。 いや、モーツァルトが確実に聴いたはずの旋律なのだ。
[海老沢] p.146
それは、ヘルマン・アーベルトがグルックのオペラ『オルフェオとエウリディチェ』の第1幕で愛の神アモールが歌うアリア「見るのを控え、声が高ぶるのを抑えなさい Gli aguardi trattieni, affrena gli accenti」の旋律を思わせる所があると指摘しているものである。

https://www.youtube.com/watch?v=-CazzRM_pGg

父の死を予感してか、それとも親友ハッツフェルト伯爵の死を悼んでのことか、その両方を含んでいるのか、このロンドから聞こえるのは静かな哀愁である。 軽やかで明るいモーツァルト、耳にやさしくコロコロと流れる旋律。 一般にそのようにとられている彼の音楽に耳を澄ますと、なんと深い哀しみが隠されていることか。

ロンド主題は、溜息をつきながら進むような半音階進行が見られ、冒頭からこの小品がただものでないことを、すべての聴き手の耳に刻印する。 右手は単旋律、左手の伴奏もとても簡素で単純だが、不思議な含蓄に富み、一切の虚飾を排し、限られた音の中にすべてを言い尽くそうとしているかのようだ。 簡素で小さなモティーフは、やがて奥行きのある、複雑でダイナミックな変化を変幻自在に遂げていく。 この音楽の不思議さは、そのデリケートな味わいと柔らかさから来ている。 モーツァルト自身、心の中でしみじみとした対話を行いながらこの名曲を作曲したのではないだろうか。
[久元1] p.129
しかしモーツァルトの音楽は難しい。 虚飾と装飾を間違えると別物になってしまう。
イ短調KV511のロンドを、装飾音をはずして弾いてみると、まったく味気ない音楽になってしまう。 モーツァルトの音楽美を形づくるうえで重要な役割を果たしている装飾音を、モーツァルトの意図にかなうように、いかに趣味よく弾くかは、演奏上の大きなポイントになる。
この曲を悲劇的でロモンティックな作品と捉え、遅く、重く弾くことは、やはりこの作品の音楽的内容を台なしにするように思う。 過度に感傷的な解釈は、このロンドにしばしば出てくる重音の鳴らしすぎ、またペダルの使いすぎにもつながる。 そのような演奏は、このロンドの持つ密やかで繊細な世界を、かなりの程度損なうことだろう。
[久元2] p.108/p.159
過度な感傷を押えてもなおモーツァルト特有の憂いに満ちたこのロンドから悲愴的な印象を感じるのは否定しがたい。 「古典派時代のあらゆるクラヴィア用ロンドのうち、最も美しい」と絶賛され、さらには感極まって
彼が表現しているのは要求や反抗の状態ではなく、裸の感情、生々しい傷なのだ。 痙攣(けいれん)が和らぐと、もうすっかり今にも微笑みそうになっている。 だが、この時期の微笑みは憂いのヴェールに覆われ、蒼ざめている。 このことを示しているのは、モーツァルトのピアノ作品の最高傑作の一つ「ロンド イ短調」である。
親しみやすく単純なリフレインが再現されるたびにメリスマの開花を繰り広げるのだが、それがこのリフレインの深い悲しみをますますあらわにする。 長調のインテルメッツォはバッハとショパンにいたる時のなかに大きく開かれている。
[オカール] pp.126-127
とまで評される所以であろう。

作曲されてすぐ(1787年3月か4月)ウィーンのホフマイスター社で初版された。 借金返済のためだったのか。 自筆譜はスイスの個人所有。
2005年4月~7月、NHK教育テレビは「スーパーピアノレッスン」(講師フィリップ・アントルモン)を放映しているが、その中でこのロンドは第14回(7月5日)にとり上げられた。

〔演奏〕
CD [東芝EMI CC30-3777] t=7'51
ギーゼキング Walter Gieseking (p)
1953年8月、ロンドン
CD [BVCC 38393-94] t=10'15
ランドフスカ Wanda Landowska (p)
1955-56年、アメリカ、コネチカット州レイクヴィル
CD [UCCD-7023] t=8'55
バックハウス Wilhelm Backhaus (p)
1966年11月
CD [POCL-9421] t=10'04
アシュケナージ (p)
1968
CD [DENON CO-3859] t=9'36
ピリス Maria Joao Pires (p)
1974年1−2月、東京イイノ・ホール
CD [WP ノンサッチ 27P2-2807] t=9'21
ビルソン (fp)
1976
※ヴァルター作(1785年頃)によるレプリカ(ベルト製作)で演奏。
CD [PHILIPS 32CD-3120] t=9'32
ヘブラー (p)
1977
CD [DENON COCO-78748] t=11'08
ヴェデルニコフ Anatoly Vedernikov (p)
1977年、モスクワ
CD [KICC-32] t=12'56
イマゼール Jos Van Immerseel (fp)
1980年9月
※1788年アウクスブルクのシュタイン製フォルテピアノを、ケレコムが1978年ブリュッセルにて複製
CD [ポリドール F32L-20266] t=11'02
シフ (p)
1986
CD [EMI CDC 7492742] t=10'45
ナウモフ Emile Naoumoff (p)
1986年12月、パリ
CD [PHCP-10370] t=10'11
内田光子 (p)
※1991年5月、大阪シンフォニー・ホール&東京サントリー・ホールでのライブ。
CD [PHCP-11026] t=5'42
アーバーグ Philip Aaberg (p)
1995年、編曲
CD [PCCY 30090] t=
ディール (p), ウォン (bs), デイヴィス (ds)
2006年、編曲

〔動画〕

〔参考文献〕

 

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2014/03/02
Mozart con grazia