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ピアノ三重奏曲 第2番 ニ短調 (断片) K.442
〔作曲〕 I-II. 1785〜86年頃 III. 1788年頃?(新全集) ウィーン |
ケッヘル初版では1783年の作 K.442 に位置づけられていた。 3楽章とも未完成だったが、シュタトラーが補作完成し、
アインシュタインは第2曲はピアノ三重奏曲(第3番)K.496 のフィナーレ用かもしれないと言っている。
おそらくモーツァルトはフィナーレとして、アンダンテまたはテンポ・ディ・メヌエットを書いたのであろう。 これが印刷本では、K.442 の三重奏曲の中間楽章にされてしまっているが、勝手にこれといっしょにされた他の二楽章と同様、1783年にすでに成立していたことはありえない。タイソンは第1曲と第2曲は1786〜87年、第3曲は1790〜91年と推定している。 第2曲(テンポ・ディ・メヌエット)が中間楽章でなく、フィナーレ楽章かもしれないと推測されているだけでなく、第3曲(アレグロ)は冒頭楽章を意図して書かれたものではないかとも言われている。 新全集では各楽章に別々の番号を与えるべきとしている。 また、成立については第1曲と第2曲は1785〜86年頃、第3曲は1788年頃とし、タイソンの推定と少し違っているが、筆跡やほかの作品との比較研究から、アインシュタインのいうように「1783年にすでに成立していたことはありえない」ことでは一致している。[アインシュタイン] pp.356-357
〔演奏〕
CD [EMI CHS 7697962] t=22'48 クラウス (p), ボスコフスキ (vn), ヒューブナー (vc) 1954年 ※シュタトラー補作版(第1曲 Allegro、第2曲 Andantino) |
CD [KKCC-4123-4] t=10'31 オランダ・ソロイスツ・アンサンブル 1992年 |
〔動画〕
〔参考文献〕
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