Josepha Duschek1753 - 1824 |
旧姓ハムバッハー Hambacher。 モーツァルト家と親しかったザルツブルクの商人(のちに市長になった)で、オラトリオ「第一戒律の責務」K.35 の作詞をしたヴァイザー(Ignaz Anton Weiser, 1701-85)の孫。 すぐれたソプラノ歌手となる。
1776年、フランツ・クサヴァーと結婚。
1777年8月、夫と故郷ザルツブルクを訪ねたとき、モーツァルトと知り合った。 それが縁で、アリア K.272 が生まれた。
1787年、プラハで『ドン・ジョヴァンニ』(K.527)の初演(10月29日)のため、モーツァルトは2回目のプラハ旅行に妻コンスタンツェを伴って出た。 そのとき、アリア K.528 をヨゼファのために作曲した。
1791年4月26日、プラハの王室国立劇場で慈善演奏会を催した。そのために、モーツァルトはロンド「今はもう、花で」を作曲した。
■モーツァルトが彼女のために書いた曲
Frantisek Xaver Dusek1731 - 99 |
Villa Bertramka |
1731年12月に生れ、1770年からプラハに住む。 作曲家、ピアノ奏者、そして教師として有名だった。
1776年、45歳のとき、教え子のヨゼファ(23歳)と結婚。その後、モーツァルト家と親しかった。
モーツァルトはプラハ旅行のとき、夫妻の別荘「ベルトラムカ」に滞在していた。
管楽器のための作品をいくつか残している。 2つのオーボエとバスーンのためのパルティータは1763年から6曲あり、どれもチェコの民謡調の簡明な古典様式で書かれている。
1799年2月12日、プラハで没。
■作品
CD [SUPRAPHON 11 2195-2 131] ●パルティータ ハ長調 Parthia in C, t=5'42 ノヴァク・トリオ 1993年 |