「なんだ!?…コアが…… 」
 目の前で巨大なコアはその輝きと力を取り戻していく。
その姿に彼らはしばし唖然としていた。
 
「誰かが何とかしたって言うのか?」
 
  その言葉に菊一文字は首を横に振った。
 非常灯の薄明かりの中から見るコアは青い光で彼らの姿を照らし出した。
 
「いえ…通信は途絶えたままのようですね。恐らく電力供給も回復しないでしょう、このままでは」
 
 コアの停止から数時間が経過していた。
最低限の機能以外を全て停止しても、このステーションを維持するためにはある程度のエネルギー供給が必要だったはず。
それに、エネルギー源が何かは知らなかったが、運転の停止がエネルギーの流れを塞き止める事で行うものであれば、長時間の停止は暴発の危険性を伴う事になる。
 向こうがそこまで考えているのかどうかは知らなかったが。

「活かさず殺さずと言ったところですかね?」
 
 小さく呟くと、電脳騎士は青く輝くコアを見上げた。
 
「ふーん…って、いつのまにかニィいないし…上行っちゃったみたいですね」
「ちょっと俺の頭では理解できない状況なんだが…どうすればいいと思う?」
 
 やれやれとフェイは呟き、リッキーは答えを求めるように菊一文字を見上げる。
 
「そうですね…相手は管制室を拠点にしているようですから、そこを叩くしかないですねぇ…。
ここの機能の全てをそこから操作できますから、取り返せばなんとかなると思いますが…」
「やっぱり、上か…階段でか?」
「仕方ないですよ。エレベーターを使うのは得策じゃ有りませんし」
「ニィの奴…無茶してなきゃいいけど…」
 
 駆け出したフェイを先頭に彼らは長い階段を上がりはじめた。
 



 
「らくだ」
「だ…だちょう!」
「うみへび!」
 
 間抜けなしりとりはまだ続いていたりとかして……。
面倒だな…そうSAYは思った。
素早く辞書ファイルの検索エンジンを調整して自動応答に切り替える。
 
(さてと…さがさないとね)
 
 村雨が気を取られている隙に彼女は、膨大なデータに手を伸ばした。

 



 
 銀色のインカムを付けた小柄な少年が、ややぬるめのコーヒーを恭しく運んでくる。
 
「あぁ、すまんな正宗」
 
 カウンター席に肘をついていた若い女はカップを受け取るとわずかに微笑んだ。
 
「あの…姉上は?」
 
 おずおずと少年は彼女を見上げて聞く。
 
「さぁな? どうせアイツの事だ、またハッカーでも手玉にとって遊んでるんじゃないか?
…心配はいらんよ、奴は腕だけなら信頼できる。約束は絶対守るように言い聞かせてあるからな」
「ならばよろしいのですが…このまま黙ってほぉって置くのもどうかと…」
 
 うなづいて彼女は立ち上がった。半分ほどのこったコーヒーのカップを置く。
 
「僕が行きますよ、母上自ら出なくても…」
「…いや、お前が行っても言う事は聞かないだろうし、…たぶん。
ここの店番でもやっといてくれ」
 
 正宗のあたまを優しく撫でると、彼女はリュックサックほどの機械を持ち上げて背中に背負った。
 
「かしこまりました。ご無事で…」
 
 彼はちょこんと頭を下げ、彼女を見送った。
 


 
「どけよ・・・お遊戯の時間じゃないんだぜ?」
 
 白髪の少年は冷たく言い放った。
黄金色の瞳が、次第に真紅に染まっていく。
クスッと微笑みながら少女は翼を広げた。
 
「だーめ。あたしは遊びたいの」
「じゃ、遊んでやるよ!」
 
 叫ぶと同時に少年は右手を振り上げた。輝きがその腕から伸び、刃となる。
強い風が辺りに吹き荒れた。
 


 
 止めなくてはならない。その気持ちが彼を追い立てていた。
息が苦しい。心臓は早鐘のように打ち続けている。けれど止まるわけにはいかない。
 あんなくだらない事で大切な人たちを失いたくはなかった。傷つけたくなかった。
彼はすでに走る事を止め、床から十cmくらいのところを滑るように疾走していく。
 知らずに戦えばきっと勝ち目はない。だから止めなきゃ行けない、絶対に。
飛び降りるように階段を駆け降り、中枢へと向かう渡り廊下をひた走る。
誰も傷つく事が無いように。それだけが願いだった。
 


 
 救急箱から取り出したゼリーパッチを、血を拭い消毒した傷口に貼り付ける。
冷たい痛みに彼は一瞬顔をしかめた。
傷は深く内部まで達している。一度きちんと治療を受けなければならないだろう。
そう考えるととても気が重かった。直せる者はただひとりしか居なかったから。
すぐ近くにそいつが居るというのは運が良かったのか悪かったのか…。
 
「うっわー、いったそー…だいじょうぶなの? フェンリル」
「…このくらいどうということはない。それより、システム中枢はどうなってる?」
 
 ぱたぱたとよってきた妖精にそっけない言葉を返して、彼は統括管理者の椅子から立ち上がった。
脱いでいたケブラー繊維のコートを無造作に羽織る。
 
「お姫様は遊び相手をみつけて楽しんでるよ♪ 僕も仲間に入りたいくらい」
「あーあー…そーかそーか。遊んでろ、存分にな」
 
 これから先、ここでやっていかなきゃならないかと思うと思わずため息がでた。
壁にかけてある赤い鞘の大きな刀に目を留め、それを手に取る。
4・5年立つが、相変わらず自分では重くて振るえもしないこんなものに執着しているのだろうか。
抜き放ったそれを構えてみる。
何気にぴったりの重さに調整されているのがなんだかちょっと悔しかった。
 
「んでもさー…何でいきなりコアの運転再開したの???」
「…ダムだって放水しなきゃ溢れるだろーが……」
 
 当然の事のように言い放ったフェンリルに、妖精は首を傾げた。
 
「なんかさー、フェンリルってば妙にここの事詳しいよねー。なんで???」
「何故って…ここは……俺が生まれたところだ」
 
 ますます分からないといった調子で妖精はくるっととんぼ返りした。
 

 
 しなやかに伸びながら振るわれた刃は、見えない壁に当たって止まった。
少年の白い髪と、少女の白い翼をなびかせていた風は完全に動きを止めている。
 
「そっから先は来ちゃ駄目なんだから♪」
 
 楽しそうにプリシアは言った。
追いかけようとした少年は階段とフロアの境目で見えない壁にぶつかり、吹き戻される。
床の埃が下のほうから吸い上げられるように不可視の壁の中に舞い上がった。
 
「そこは風がたくさん集まってるの♪近づくとあぶないよ♪」
 
 くすすっと彼女は笑った。少年はきっ、と真紅に輝く瞳で少女を睨み付けた。
輝く右腕を振るう。光が凝縮し、無骨なガトリングガンへと変貌する。
 
どががががががっ!!!
 
 8つの銃口から無数の光弾が打ち出される。
しかし、それらは風に吹き散らされ、わずかな煌きを残して消滅していく。
 
「すごいすごい♪ 今度はどんな手品見せてくれるのかな?」
 
 きゃいきゃいと楽しげに彼女は飛び跳ねた。
 

 
「め…? …じゃぁ…めがねざる♪」
 
 相変わらず村雨はきゃいきゃいとはしゃぎながらしりとりに興じている。
 SAYは彼女がそっちに気を取られている間に、データベースの検索をはじめる。
キーワードは「フェンリル」。
 
(これね……?)
 
 引っかかったデータをメモリ内部で展開する。
 
 
開発コード【GDES-000fen】
機体名【鋭雪(えいせつ)】
戦闘型強化レプリカント 所属:Maingate 所在不明 フェンリルと名乗って潜伏中と>    

転送が中断されました。
 
「あ…勝手に触っちゃだめですわ、姉様っ」
 
ぷぅっと頬を膨らませて、村雨は彼女の手からデータを取り上げた。
 
「時間切れです♪ 姉様の負け〜♪
あたしに勝てたらお願い一つ聞いてあげよーと思ってましたけど、残念でしたね♪」
「あーもう、しょーがないなー。
じゃー、おねーさんが一日遊んであげる券を特別プレゼント
今度暇な時に付き合ったげるから。
今日以外ね、今日以外。後あたしが寝てる時以外」
「え〜? 今は駄目なんですの〜? なぜですぅ?」
 
 SAYは容赦無く村雨を突っぱねると、勝手にデータベースの解析に取り掛かった。
 



 
 肩で息をしながら白髪の少年は見えない空気の壁の前に立ち尽くしていた。
その向こうではにこにことプリシアが楽しそうにこっちを見ている。
 
「どーしたの? もっと面白いもの見せてくれるんじゃなかったの?」
 
 ちょこんと階段の手前にしゃがみこんで、プリシアはくすすっと笑った。
 
「ちぃっ!」
 
 少年は舌打ちするとガトリングガンを構える。
 
「つまんなーい。それさっきもみたよ?」
 
 彼女の不満の言葉を聞き流し、彼は無数の光弾を放った。
 
「あー、やってるやってる…」
 
 階段を駆け上がってきたフェイは白髪の少年の姿を見つけて気楽そうに苦笑いした。
相手がプリシアだというのがちょっと引っかかったがまぁ…人にはそれぞれ事情があるんだろう。
 
「はは・・・がんばれー。」
 
 ある程度距離を開けて階段に座り込むと、フェイは気楽そうに精神的支援だけを送った。
 
 今までと違う色の光弾が飛び、不可視の壁の前で破裂し強い閃光を放つ。
 
「きゃっ!?」
 
 思わず顔を覆って彼女は飛び退いた。
着地した足元にいつのまにか光り輝く幾つもの糸が絡まっている。
糸はゆっくりと彼女の身体を這い上がり締め付けていく。
 
「……っ……風よっ!!!」
 
 壁上に圧縮されていた空気が制御から解き放たれ、爆発的に吹き荒れる。
突風が強い衝撃波を伴って膨れ上がるように吹き付けた。
 
「うあぁぁぁぁぁっ!!」
 
 吹き飛ばされた白髪の少年は階段を転げ落ち、踊り場の壁に思いっきり身体をぶつけた。
 
「ニィっ!!」
 
 手すりに何とかしがみついて体勢を維持しながらフェイは叫んだ。強い風に思わず目を細める。
風が弱まる瞬間を見極めてフェイは飛び出した。
取り出したチェインウィップを、プリシアめがけて振るう。
飛び立とうとしていた彼女の足に鎖が絡み付き、床へと引きずり落とされる。
 
「いやっ!放してよぉ!!」
 
 彼女は小さな羽のついた刃を取り出すと風とともにフェイに向かって投げつけた。
とっさに避けた刃は彼の頬を掠めてコンクリートの壁に当たり、チンっと床に転がった。
 
「あぁ?ふざけんなこのアマ!!」
 
 指先で頬を拭うと、フェイは拳銃を取り出した。
 
キュンッ。
 
 サイレンサー付きの銃口が火を吹く。
プリシアの瞳が驚愕に見開かれ、そのままふわりと力を失う。
 素早く飛び込んできた人影が、落ちてくる白い翼を抱き留めた。
 
「…思ったより時間が稼げたな……よくやってくれたよ、嬢ちゃん」
 
 腕の中でぐったりとした姿に目をやりつつ、青年は小さく呟いた。
彼女をそっと下ろすと、背中を壁にもたせかける。
 
「くそ・・・!出てきやがったな銀髪ヤロー!」
 
 がばっと白髪の少年は起き上がり、一気に階段を駆け上がる。
その後ろからようやく、菊一文字とリッキーも到着する。
 
「来たか…、とりあえずここで決着を付けないとな」
 
 チタンの鎧の電脳騎士の姿を目に留め、フェンリルは真紅の鞘の太刀を抜き放った。
 


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