「そっちの方が楽しいかな?」
興味津々といった様子で彼の事を覗き込んでる少女に、フェンリルは苦笑した。
「…そうだな。手伝ってくれるなら面白いものを見せてやってもかまわないが?」
「面白いもの? なになに?」
フェンリルはちらりと、腕時計を見た。
これ以上長く止めておくと悪影響が出そうだ。そう思った。
左手で、耳元のピアスに触れ、彼は小さく数言つぶやいた。
「ほら、外を見てみな」
透明な硬質プラスチックの壁に、プリシアはぴったりと張り付いて覗き込む。
コアは黒曜石のような鈍く暗い輝きを放っている。
ぽうっと音も無く、中心部に青い炎が灯った。
煌きがその炎から舞い上がり、ゆっくりと輝きを増す。
「うわ〜!!!! すごぉい♪」
「こんな景色めったに見れるもんじゃねーだろ?しかもこんな特別席で」
「うんうん、きれー♪」
窓にかじりつくようにプリシアはその光景に魅入っていた。
輝きがゆっくりと巨大なコアに広がっていく。
「……あと一時間か…」
とりあえず、それだけは稼がなければならない。
そこまで持ちこたえれば自分の勝ちだ。
この娘がどのくらい役に立つのかは未知数だが、それでも時間稼ぎくらいはできるだろう。
「あぁ、そうだ。「村雨」の奴がお前に会いたがってるな。行くか?」
「むらさめってだれ?」
「ここのメインシステムさ。最新鋭の人工頭脳だぞ。
実体を持たないホログラフだけどな」
ふーん、と彼女は首を傾げながらうなづいた。
「んじゃぁ…あたしはなにをすればいいのかな?」
「……そうだな………」
「ん〜、そんなにアイツの事が気になるのか?マイハニー……まさか」
「別にそんなんじゃないよ、たださ…本当にフェンリルだったら結構面倒だと思ってね」
「知ってるのか!?」
「……うん。少しだけね」
俗称「フェンリル」。本名不明。
フリーの賞金稼ぎとして裏世界ではかなりの評価を得ている。
頭角を現わしてきたのは5年ほど前から。それ以前の情報はほとんど伝わっていない。
主に単独行動を好み、潜入・暗殺等を得意とするが、正攻法でもかなりの腕前を持つ。
彼を特徴づけるものとして幾つかの噂が広まっている。
報酬額によってはどんな仕事でもするという事。
そのわりには現金には執着せず、受け取らないまま去る事もあるらしい。
報酬を値切った相手を「プライドを傷付けた」という理由で惨殺した事もあるという事も聞いた…
「・・・ぼくも聞いた話だから、これが全てかはわからないし、
今は顔も見れなかったから、彼がフェンリルだなんて確証はないけれど・・・。」
「へ〜、まぬけだよな〜。報酬受け取るの忘れて帰るなんて」
「そーじゃないよ。要はお金なんてどうでも良いって事なんじゃない?
報酬額って言うのは評価のバロメーターだからね」
……それにしても、なんであんなに躍起になって資料集めてたんだろ…写真ももってたし…。
まさか、ファンだったのかなぁ…彼女………それなりにいい男みたいだし……。
「とりあえず、強いというのは…確実ですね」
その話にうなずいていた菊一文字は、ふと落ちている弾丸に気がつき拾い上げた。
指先で挟むとぷにっとつぶれるほどにやわらかい。
「……これは………」
主に暴徒の鎮圧などに使われる特殊樹脂弾。
自分も主にハンドガンに装填するのはこの弾だ。
あたっただけでも柔らかくつぶれるので、皮膚を突き破る事はない。
もっとも、衝撃は通常弾よりやや大きくなるし、至近距離で食らえばショックで気を失う事もある。
けれど、これで致命傷にいたる事はまず無いだろう。
「…どうやら、命が目的ではないと?」
菊一文字は、ぽとりとその弾をとりおとした。
「あーあ。
こんなことになるなら、聞き流さないでしっかり聞いとけばよかったなー。」
特に苛立ちもせず、ひょうひょうとフェイは言った。
別にフェンリルなど彼にはどうでも良い事らしい。
「エレベーターは…くそっ!やっぱ使えないか……」
リッキーは悔しげに透明な強化プラスチックの扉を殴り付けた。
6本あるうちの5本のエレベーターには電源供給が断たれており、残りの1本も認証エラーだかで全く動かない。
「それは関係者専用なんですよ。指紋照合でしかロックの解除は出来ませんね。
私も…指紋がないから無理です」
「そーだよなぁ…そりゃ無理だ。仕方ねえ…階段で行くか……」
ふと、見たコアに小さな明かりが灯った。
「…おい。光ってるぞ!?」
ゆっくりと輝きを増してくるコアに彼らの視線は集中する。
そして…透明なエレベーターのチューブの上からふわりと落ちてきたのは一枚の鳥の羽…。
「……プリシア? 上か!?」
「まさか…連れ去られたのでは……」
顔色がさっと変わる。
事態はさらに深刻化しているように彼らには思えた。
「だぁぁぁっ!!!あんな卑怯な戦いかたするとはっ!
少しでもかっこ良さにときめいた俺が馬鹿だったっ!!!」
……そりゃぁ、馬鹿だよあんた…。
「……嬢ちゃんが一緒だ。むやみに手出しは出来んな」
先行偵察してきた北の報告も彼の耳には届かなかった。
「アイツゆるせん!ぜってーにぶっころす!」
持ち前のスタミナゆえか息切れもせずに最初のままのペースで彼は階段を駆け上がっていく。
「あー、もう!めんどくせぇ!」
彼はおおきく右腕を振った。
先端が鞭のようにしなやかに伸び、ずっと上の手すりをつかむ。
それを一気に縮め、3段抜かしくらいで勢い良く上っていく。
階段を上り終え開けた視界に映ったのは…。
「え…援助交際?」
違う。
「そ、そんな馬鹿な!ふ、二人はできていたのか!?」
彼に気がついて振り向くフェンリルの姿と、楽しそうに傍らにいるプリシアの笑顔だった。
ショックを受けたような表情で白髪の少年は愕然としたが、はっと我に帰る。
「まさか少女融解・・・もとい誘拐!?」
違う。
「くそ、さてはお前・・・
ロリコンだな!?
」
「って……誰がロリコンだ!誰がっ!?」
反論するフェンリルの言葉も聞かず、さらに彼はまくしたてる。
「何て奴だ、良い歳こいて恥ずかしくないのか!?この変態め!近寄るな!ぺっぺ!
俺だって11人の弟と9人の妹がいるけど今まで欲情した事なんか一度たりとも・・・・
・・・・いや・・・・えー・・・っと・・まてよ・・・あれはーーーーーうーん・・・・・
と、とにかくお前は変態だ!」
妹がどうした?ぉぃ…。
「すまん、プリシア…。傷の手当てをしたらすぐ来る。それまで少し…時間を稼いでくれるか?」
反論するのもばかばかしいと、肩をすくめたフェンリルは小さく彼女にささやく。
ドアの所のセキュリティボックスに素早くパスコードを打ち込むと、扉の向こうに消えた。
「っふ、図星だったな・・・!」
勝ち誇ったように彼は胸を張った。
「……ばか?」
小さく首を傾げてプリシアは冷淡に言いはなつ。
「あー馬鹿さ♪ 俺は馬鹿さ。それを言うなら男はみんな馬鹿さ〜はははっ♪
特にあんなロリコンの変態は更に馬鹿さっ♪
さぁ、あんな大人の色香に騙されてないで、道を開けてよ小鳥チャン♪」
「だーめ」
短くもはっきりと聞こえたその言葉に、白髪の少年は愕然とした。
「なにー!!?? やはり若さより美貌と甲斐性とテクニックかぁ!?」
「かんけーないわ♪」
くすすっと無邪気な、そして無慈悲な笑みを浮かべてプリシアは翼を広げる。
風が彼女の回りに巻き起こりはじめる。
「私はプリシア。楽しいことがあればそっちについてくの」