「お怪我はございませんか?」
 
 フェンスを無造作に退かせると、菊一文字は二人に向かって恭しく頭を下げた。
 
「今の・・・あんたが?」
「えぇ。皆様方の安全を守るのが仕事ですから」
 
 リッキーの呟きに、菊一文字はちいさくうなづく。
そっか、と小さく答えると、リッキーは先ほどの作業用メカに歩み寄った。
 小さく縮こまって震えているプリシアの肩に、菊一文字はそっと手をかけた。
プリシアは目を上げると、安心したようににっこりと笑う。
 
「スゴイすごいすごぉ〜いっ! ねえねえ、今のなに?」
 
 まだその辺に残っているきらめきに目を輝かせながらプリシアはぱたぱたと楽しげに駆け回る。
 
「これはですねぇ、『空間呪紋』と言いまして…まぁ魔法の一種なのですが…」
「魔法…使えるの!? ロボットなのに?」
「えぇ、この金色の粉で模様を描くんですよ。いろんな意味がありましてね」
 
 左手の人差し指を立てて菊一文字はすっと縦に引いた。金色の光がその空間に残る。
 
「うわ〜!!! 奇麗っ♪」
 
 楽しそうにプリシアが跳ね回るのを横目で見ながら、リッキーは作業メカの背面カバーを開けた。
 
「なんでいきなり暴走したんだ・・」
 
 理由は分からない。だが、確実に自分たちを狙っていた。
…光学センサーが捕らえた動くものを標的としたとも考えられるが。
 
「とりあえず、バッテリーを抜いておくか。使えるかも知れないしな」
 
 ポケットから油にまみれた元は白かったらしい手袋を取り出してはめると、握りこぶし大のバッテリーパックを二つ取り出した。
これでもう、このメカが動き出す事はないだろう。
ついでに、中枢部のメインボードを取り出してみる。
思ったよりも電脳部は単純だった。電波の受信機らしき部品もみえる。
 
「菊一文字。この手のメカって遠隔操作か?」
「えぇ。各階層のコントロールルームか、中央管制室からコントロールできますが」
 
 誰かに操られていた。そう考えるのが妥当だろう。
そして、その誰かは…多分、この停電を起こし、コアの輝きを消した者。
 
「やっぱ…コアか…?」
 
 リッキーは小さく呟いた。コアの停止の原因が分かれば対抗手段も取る事が出来る。
 
「あの…私はこれから中枢の見回りに行くのですが…」
「中枢っていったら…あのおっきなコアのある所?」
 
 こくりと菊一文字がうなづく。
プリシアは背中のおおきな翼を広げた。 リッキーも立ち上がり、手袋を脱いで胸ポケットにしまう

「さて、行くかっ。と、どっちだっけ?」
「えーと…この辺が居住区第一層C地区ですから…、右に行った階段を降りて第二層へ行きましょう。
そこから渡り廊下を行けばコアまではすぐですよ」
 
 菊一文字の言葉が終わるか終わらないかのうちに、プリシアは目的の方向へ向かって羽ばたいた。
二人はその後を追うように駆け出した。
 



 
 真っ黒になってしまった画面の前に肘を突いて、妖精はむぅ…と不機嫌そうに唇を尖らせた。
 
「あーあ。監視カメラも見つかって布かけられちゃうしぃ、せっかくの『とつげきくん壱号』もやられちゃうし〜…」
 
 『とつげきくん壱号』…そんな名前ではない。
 
「つーまんない、つまんないっと♪」
 
 全身で暇さを表現するように彼は飛び立つとくるくると宙返りした。
 
「やっぱりさぁ、もっと強いのじゃなきゃ駄目だよねぇ。なんかないかな〜♪」
 
 能天気な独り言を言いながら、妖精はコンソールの一つに目を付けた。
拡張ジャックに自分用のキーボードを差し込み、情報を勝手に検索する。
 
『GDM2-003「正宗」 無人艦隊制御システム。メインゲート第四のガーディアンである』
 
 ふと、そんな文章が目に付いた。
 
「なんで? 品番からいうと3番目なのにどーして4番めなのさ〜」
「んなことは別にどーでもいいだろ?」
「うひゃぁ! ととと………」
 
 いきなり背後から声をかけられて、慌てた小妖精はコンソールから転げ落ちそうになり、慌てて体制を立て直した。
振り向いて、ほっとしたように小さくため息を吐く。
 
「なぁんだ、フェンリルかぁ。びっくりさせないでよ」
「ってお前…何見てんだよ。データに手を付けちゃ駄目だって言われただろ?」
「いいじゃない少し位…あーっ!!!消したなぁ!?」
 
 勝手に電源を切られて不満そうに妖精は言った。フェンリルの肩へと飛び移ると、その銀髪をいじくりだす。
 
「でさー…どうだったぁ? 囚われのお姫様♪」
「……協力してくれるってさ」
「ふーん…良かったじゃ無い」
 
 妖精の問いに適当に答えながら、彼は監視カメラの映像を目で追う。
数人のゲスト達が、その前を通り過ぎたのが確認できた。
 
「ま、向こうがどう出るかだな」
 
 今見えたのが多分菊一文字とかいう警備ロボットだろう。
そいつならばここの地理には詳しい。必ずたどりついて来るはずだ。
腰に下げた一本の刃と、コートの下に隠した銃を確認する。
机の下を調べると、鎮圧弾の詰まったサブマシンガンと、特殊弾のグレネードも出て来た。
これだけあればかなり心強い。
 彼は、いつもマスターと呼ばれる者が定位置にしている席に座り、足を組んだ。
座席は意外に狭かった。
 


 
 ことり…と、北は空っぽになったコーヒーカップを置いた。
ふと、店の奥の席から天井を見上げる。
監視カメラにはミチアキが機転を利かせて分厚い鍋つかみのミトンをかぶせてあった。
 
「ふむ…かなり無茶だが、正論だな。一つ、乗ってみるか」
 
 小さくつぶやく。その提案をした白髪の少年に聞こえたかどうかは定かではないが。
懐から小銭を数枚、コーヒーカップの前に置くと彼は音も無く立ちあがった。
 
とんっ。
 
 床の上を跳ねる音が一度。瞬きをするわずかなときで、彼は喫茶店の入り口のドアに手をかけていた。
 
「ごちそうさん。釣りがあったら、あとで取りに来る」
 
 それだけを背を向けたままミチアキに言い残すと彼はドアを開け、そのまま姿を消した。
 
「キタさん? …行っちゃったか……」
 
 薄暗闇のなか、呆気に取られたミチアキは彼に何も言えなかった。
 
「おーおー、あの兄ちゃん行っちまったかぁ…」
 
 ひょっとドアのほうを振り向いて白髪の少年は人事のように言う。

「一人で突っ込むなんて無茶な事考えてるんじゃないよね?」
 
 続けられた言葉に彼は思わず声の主を見、驚きの声を上げた。

「ん?あ・・・フェイ!?
なんだ、居たのかよー飯食うのに夢中で周り見えなかったわ。ははははは。」
 
「久しぶり。ニィもここにいたの?」
 
 強張った表情のままでフェイは答える。
その状況を察したのか、彼は辺りを照らしていた光球の明るさをあげた。
暗闇をフェイが怖がる事は知っていたから。
 
「あ、そうだ。菊一文字大丈夫かな?」
 
 かなりミルクを多めに入れてもらったコーヒー
…というか、ほとんどカフェオレ…を舐めるように飲みながら、雷牙は思い付いたように言った。
 
「え? あぁそっか…修理してたんだっけ、君が」
「うん。ほんとに分かるところしか直せなかったけどね。鞄こっちに置きっぱなしだったでしょ?」
 
 いつも雷牙が座る席の足元にちょっと大きめのリュックサックが見える。
部品類などがその中にはいっているらしい。
 
「それでね。ミチアキのPHSいじって渡しといたよ。こっちのPHSで呼び出せると思うけど」
 
 フェイがいらないからとくれたパールピンクのPHSをポケットから取り出し、雷牙はそれをミチアキに手渡した。
 



 
 暗い夜空を見渡すドームの下で、彼女は静かにうなづいた。
何もかも上手く行っている。お膳立ては完璧だろう。
あとは、彼らが一体どう動くのか? それだけが気がかりだった。
 カツカツと言う硬質の足音に彼女は振り向いた。
歩み寄ってきたのは、一人の少年。ふわりと軽く分けられた耳下までの黒髪に白銀のインカムが映える。
決して大きくはない…むしろ小さいくらいの…彼女の、胸元くらいまでしか身長は無い。
 
「どうしました? 母上…」
 
 少年は、その端正な顔に何も表情を浮かべず、彼女に声をかけた。
母上と呼ばれはしたが、彼女はこんな歳の子供がいるような歳には到底見えなかった。
 
「いや、何でもない。 訓練の続きを始めるが、良いか?」
 
 少年は表情を変えぬままうなづき、部屋を出る彼女の後に続いた。
 


 
「…そっか。 うん分かった。頑張ってね」
 
 ひとしきり話してそれぞれの情報を交換し、ミチアキは電話を切った。
 
「で…(むぐっ)何だって? そっちは」
「リッキーさんとプリシアちゃんが一緒だって。キタさんのことは見てないみたい。
とりあえずコアの様子見に行くってさ」
 
 簡潔に電話の内容をみんなに伝えて、ミチアキは小さくため息を吐いた。
ニィと呼ばれた少年は、カレーをほおばりながら何か考えているらしい。
 
「こっちから数人、第二通信室向かうとは伝えといたけど…やってくれるよね?SEYさん」
 
 出そうだったあくびを噛み殺して、SAYは顔を上げる。
 
「・・・挑戦してみてもいいけど、あたしの危険手当は誰が払ってくれんの?」
「マスターに出させますよ。無理矢理ね♪」
 
 いたずらっぽくミチアキは微笑む。
ショウが自分のカップを流し台に持ってきたのに気が付いて、ミチアキはみんなの飲み終わったカップを片づけだした。
 
 「直接、管制室を攻めるのは危険ですしね。私も…第二通信室に向かおうと思っています」
 
 勝手にカップを洗い始めたショウは、穏やかに…だが揺るぎ無い決意を秘めた声でそう言う。
それにうなづいて、雷牙は左手の革手袋をきゅっと引っ張った。
 
「んじゃ、俺もそうするね♪ 多分役に立てると思うからさ」
 
 そうと決まればと、雷牙はリュックサックからいろいろ取り出して作業をはじめた。
白髪の少年が唐突にカレーを食べていたスプーンを置く。
 
「俺は…やっぱ管制室いこうかな〜」
「え? なんで?」
「ふ、俺の第六感がそこに行けと囁いているのさ!」
 
 なんだか妙に格好付けて、彼は言う。
 
「そう、冒険の華は強行突破!叩き潰して潰して潰されるのさハハハァ!」
 
 潰されてどーするよ…。
 
「フェイさんはどうします? 手伝っていただけると…」
「んー…手伝ってもいいけど…」
「ナヌー!?」
 
 ショウの誘いにフェイはうなづこうとし、裏切られたとでもいいたげな表情で白髪の少年は振り向いた。
 
「え、そっち行くの・・・・・・・・?
う、うーん・・・そういや・・・この前ツケ払ってくれた借り返してなかったなあ…俺もそっち。フェイに付いてくよ、うん」
 
 あっさりと方向修正。
 
「あれ?第六感が…じゃなかったの?」
「第六感よりも、俺は 愛・・・ じゃ、ない。 愛欲・・・ でもなくて! 友情に生きる漢(オトコ)なのさ!」
 
 小さくため息を吐くと、フェイは煙草を灰皿で揉み消した。
 
「どうしようか…僕はニィに任せるよ? 君の行く方に付いていくけど?」
「………うー……ん…………。」
 
 あぁ、決まらない。
 
「じゃぁ…僕は……」
「あんたはそこに残ったら? 何かあったときの連絡場所が無いと不自由だし」
 
 厚底のフライパンを武器のように構えようとしていたミチアキは、
SAYにそう言われて慌ててフライパンをしまった。
 
「じゃぁやっぱり管制室行こうぜ、フェイ! 二人で友情の逃避行サ♪」
 
 ………何がだ(^-^;;;
 
「んじゃぁ、フェイさんにこれ持っていってもらおうかな?」
 
 雷牙は調整の終わったヘッドギア型のトランシーバーをフェイに手渡す。
周波数はPHSのと同じに設定してあるから、みんなと連絡を取る事が出来るだろう。

「携帯予備電源ってある?あるだけ貸してくれる?後で新品返すから」
 
 SAYにそう言われてミチアキは返事すると店の奥からいくつかバッテリーを持ってきた。
 
「はい、これ…あぁ、あとさぁ…懐中電灯あるから持っていきなよ」
 
 カウンターのしたから懐中電灯を取り出し、一緒に手渡す。
 
「じゃぁ…頼んだよ! 何かあったらすぐ連絡してね」
 
 ミチアキは、店を出ていく背中に向かって叫んだ。
 



 
「………消えた?」
 
 妖精は不思議そうにそう呟いた。
 
「ねぇ!ちょっと見てよフェンリル!? 」
 
 もう一度再生され直した映像は、和服姿の青年がきょろきょろと辺りを見回し、床を蹴ると同時に姿を消すものだった。
 
「……いや、消えたんじゃない…速くて写らなかっただけだ」
 
 フェンリルはそう言うと席から立ち上がった。
グレネードの閃光弾を取り出すと、コートのポケットに仕舞う。
 アイツはなかなか腕が立ちそうだ。そう彼は思った。

「ん?どっか行くの?」
「…あぁ、ちょっとな…挨拶しに行ってくる。
6番エレベーターのオートロック外して動力通しといてくれ」
 
 彼の行動の意図は分からなかったが、妖精は言われた通りにした。
 
「……面白そうだな」
 
 フェンリルは小さく呟くと管制室を後にした。
 


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