「まーだっかな〜♪ やっけたっかな〜♪」
歌うように口ずさみながらプリシアはカウンター越しにフライパンを覗き込んでいた。
右に左に身体を揺らすたびに背中の大きな白い翼もふわふわと揺れる。
一見まるでコスプレのようにもみえなくはないが、その翼は確かに彼女の背中から直接生えていた。
彼女の前でフライパンの蓋が開けられ、甘く香ばしい香りが辺りに広がる。
「うんっ、もう良いみたいだね♪」
ミチアキはフライパンの中のホットケーキをひっくり返すと、その焼き色に満足そうな笑みを浮かべる。
慣れた手つきで大きな白い皿に盛り付け、わくわくした瞳で見上げる彼女の前に差し出す。
「はい、おまちどうさま」
「うわ〜ぁい♪ 待ってましたぁ☆」
両手にフォークとナイフをもって、プリシアは歓声を上げた。
こんがりときつね色に焼きあがったホットケーキから美味しそうな湯気があがっている。
「ちょっと待ってね、バターとメイプルシロップ持ってくるからさ」
ミチアキはいそいそと店の奥へと入っていった。
『彼』は、その細く狭い通路を、息を殺して静かに進んでいた。
通路とは言えないかもしれぬ。本来人ではなく、風の通るための道であるのならば。
腹這いになり、音を立てぬようにゆっくりと前へ進む。
依頼主から手に入れた見取り図は完全に頭の中に入っていた。
通風孔の鉄格子から漏れた明かりを覗き込み、『彼』はしばらくその中を観察した。
無数のLEDと液晶の画面、計器類、そしてコンソールの前に佇む一人の人影。
(言われた通りだ)
そう、うなずくと『彼』は汎用ゴーグルの側面を左手でちょんと叩いた。
『彼』の合図に呼ばれたかのように、ふわりと小さな人影が現れる。
着せ替え人形ほどのサイズしかないその身体には透き通る4枚の羽を背負っていた。
それはまるでおとぎばなしの妖精・・・
ただ、夢の国の住人ならば白い強化プラスチックの鎧と液晶画面のついた小さな端末など持っているはずはないが。
場違いな妖精は、そっと格子をすり抜けると巨大な機材の裏側に潜り込んだ。
『彼』はそれを息を呑んで見守りながら、腰に下げた冷たい鋼の感触を確かめる。
同業者は大抵、そのあまりの旧式の武器を甘く見ているようだ。
だが、場合によってはどんな最新式の銃をも凌駕するそれを彼は信頼していた。
もちろん、銃も携帯しているし、人並み以上には使える。硝煙の匂いはあまり好きにはなれなかったが。
ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ・・・・・・・・・・・・・・・・
突然、眼下の部屋の照明が消え、真紅のLEDだけが明滅をはじめる。警報音がヒステリックに鳴り響いた。
「・・・・なっ!?」
コンソールの前に座っていた人影は、驚いたように立ち上がる。
キーボードを、そしていくつかのスイッチをパニックに陥ったように押してまわるが、警報音は鳴り止まない。
『彼』は、そっと格子を外すと、音も無く部屋の中に飛び降りた。
ジジジッ・・・。
工具から火花が散った。真剣な顔でそれを握っているのはまだ幼いといってもいい少年だった。
「うん、多分ここの配線だと思うんだ、切れちゃってるの」
言いながら、雷牙は小さい工具箱から青い導線を取り出した。
それを基盤に丁寧にハンダで付けていく。
「いやぁ、すいませんねぇ・・・ほんとに」
苦笑いを浮かべたような声で、菊一文字は恐縮したように言った。
バイザーの下の銀の仮面からは表情をうかがい知る事は出来ないが。
「一応応急的に繋いどくけどさ、早めにちゃんとメンテナンス受けたほうがいいよ。
こんだけ複雑だとさ、俺もあんまり自信無いからね」
「そうですねぇ・・・いつ調子悪くなるかってひやひやしながらじゃ仕事になりませんしねぇ・・・」
「あ、動いちゃだめだって! ほらほら、じっとして」
汎用機甲守備兵器KC−001LE 通称菊一文字。
最新型の対人ガーディアンシステムであり、このメインゲートステーション内部の治安維持の職務に就くため、現在稼動試験中の身である。
ただ、現在は放熱装置の初期不良により、ほとんど役に立てる状態ではないが。
「あぁ、すいません。・・・大丈夫ですよね?」
「・・・うん。手元狂うからさ、あんまり話し掛け無いでよ?」
茶色い髪の少年はそう念を押すと、電圧計で内部の配線を調べはじめた。
ぷつっ・・・。
唐突に部屋の中が真っ暗になった。
「うわぁあ!? なになに?どうしたの?」
驚いてプリシアは声を上げる。
暗闇の中にぱさぱさと羽根の動く気配だけが流れた。
「停電みたいですね? ブレーカーでも落ちたかな?」
テーブルの上にあったライターに灯を点して、飛 輝天は呟いた。
闇の中に美少女とも身間違う、端正な顔が浮かび上がる。
「あぁ、今調べてきます。ちょっとまってて〜」
ミチアキはそう言うと懐中電灯で辺りを照らしながら、店入り口の配電盤を調べに行く。
背伸びして配電盤の扉を開けるが、ブレーカーのスイッチは降りていないようだ。
「あれぇ? ブレーカーは落ちてないね」
「空調設備も止まっていますね。これは大元がトラブっていると思っていいんじゃないですか?」
エアコンに手を当てて、ショウが呟く。常に流れているはずの風は止まっていた。
「非常電源どれだったかなぁ? あぁ、これこれ」
ミチアキが、透明なプラスチックカバーに覆われたスイッチを押すと、オレンジ色の非常灯が数個点灯した。
薄暗いが、とりあえず相手の顔が見えるくらいの明るさはある。
「びっくりしたねぇ。いきなり真っ暗になっちゃうんだもん」
カウンターの椅子の上で足と翼をぱたぱたさせつつプリシアが言う。
ミチアキはカウンターの奥の内線電話を手に取った。
「一応緊急内線に連絡入れたほうが良いよね? 緊急内線は・・・44番だっけ」
プッシュホンの内線電話をぽちぽちと押してかける。
肩と頬の間に受話器を挟んでミチアキは、メモを取るかもしれないとボールペンを握った。
「・・・あ、もしもし? Wait a Little ですけど・・・・」
「・・・・・・・・・悪いな。 メインシステム、止めさせてもらったよ・・・・・・・・」
彼の言葉に答えたのは、聞き覚えの無い男だった。
まるで抜き身の刃物・・・凍り付くような冷たい声に、ミチアキは思わず息を呑む。
「・・・外部に連絡を取ろうとしても無駄だ。通信中継設備も止めたからな」
「何で? 一体何が目的なんだ!?」
いきなり声を荒げたミチアキに、みんなの視線が集中した。
「・・・さぁな。俺は言われたとおりやるだけだ。・・・あぁ、内部通信回線も止めさせてもらうよ」
その声を最後に受話器からは何も聞こえなくなった。
闇の中に沈んでしまった自室の中で雷牙は途方に暮れた。
「まいったなぁ、もうちょっとでちゃんとチェックできたのに・・・」
室内のコンセントから電源を取っていたため、停電になっては何も出来ない。
とりあえず、自分の工具箱から小型バッテリーと豆電球をだし、即席の明かりにする。
「仕方が無いですよ、不可抗力ですからねぇ・・・こういうアクシデントは」
うんざりと菊一文字は呟くと、立ち上がった。暗視機能があるらしく、闇の中でも動きはまったく鈍ってはいない。
「とりあえず、村雨に言えば復旧してくれると思いますが・・・・」
村雨とは、このメインゲートの三体のガーディアンのうちの一体。機体は持たず、プログラムだけの存在らしい。
彼女は ゲート内部の設備管理が表向きの仕事であるが、電脳空間からの侵入者を未然に食い止め、侵入元を割り出す防御プログラムとしての側面も持っていた。
菊一文字は左耳の当たりに手を当て、うつむく。バイザーの奥のLEDが静かに明滅する。
「・・・・・・・・・・え? まさか、そんなはずは!?」
明らかに狼狽した表情で、菊一文字は顔を上げる。
応答が無い。・・・・自分のデータ通信ポートには異常は無いはずだ。だとしたら・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・まずいですね、これは・・・・」
不安そうに見上げる雷牙に聞こえないように、小さく菊一文字は呟いた。
「うわっととと・・・・停電かぁ? 仕方ねーな・・・・」
自室で愛用の工具を磨いていたリッキーは、突然訪れた闇の中で目を上げた。
いつものようにブレーカーでも落ちたのだろうと、作業机から立ち上がると、
ふと、窓の外の光景が目に入った。
いつものように青く静かに輝くコア・・・その輝きが薄れていく。
「・・・・・・・・・・冗談だろ? ・・・・・・・洒落になんねぇぜ・・・・・・・。」
彼の目の前で、コアは完全に光を失った。
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