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ピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595

  1. Allegro 変ロ長調 4/4 ソナタ形式
  2. Larghetto 変ホ長調 2/2 三部形式
  3. Allegro 変ロ長調 6/8 ロンド形式
〔編成〕 p, 2 vn, fl, 2 ob, 2 fg, 2 hr, va, bs
〔作曲〕 1991年1月5日 ウィーン
1791年1月





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最後のピアノ協奏曲。 クラリネット奏者ベーア(Joseph Beer, 1744-1811)の演奏会のために書かれたと考えられている。 タイソンの研究によれば、自筆譜(ポーランド・ヤギロンスカヤ図書館所蔵)の透かし模様は1787年の後半から1788年にかけて使ったものであり、その紙に第1楽章から第3楽章の途中まで書かれているという。 タイソンが推測するように、モーツァルトに仕入れた五線紙を使い切ってから新たにまた必要な分を買うという習慣があったとすれば、この曲はその頃に大部分が書きあげられていたことになる。 ところが演奏の機会がなかったためか、なぜか放置され、その後、1991年になってベーアの慈善コンサートに合わせて完成させたと思われている。 その演奏会を予告するビラによると

ロシア皇帝陛下に仕える宮廷音楽家ベーア氏は来る3月4日金曜日、ヤーン氏邸のホールで大演奏会を開きます。 数回にわたってクラリネットの演奏をし、同時にランゲ夫人が歌で、楽長モーツァルト氏がフォルテ・ピアノの協奏曲を共演致します。 予約を御希望の方はヤーン氏の許で毎日入場券を入手できます。 開演は夜7時。
[ドイッチュ&アイブル] p.240
とされ、その当日、宮廷料理長イグナーツ・ヤーン(Ignaz Jahn, 1744-1810)邸で行われたベーアの演奏会でモーツァルトがフォルテピアノでこの曲を初演したのである。 それがモーツァルトの演奏する最後の姿となった。 この演奏会があったことは3月12日の「ウィーン新聞」で簡単に
ロシア皇帝陛下に仕える宮廷音楽家ベーア氏は3月4日、ヤーン氏邸で大演奏会を催した。 聴衆の多くは識者であったが、クラリネットの比類ないテクニックで大方の喝采を博した。 楽長モーツァルト氏がフォルテ・ピアノの協奏曲を演奏したが、彼の作曲技術と演奏技術の両方を皆堪能した。 ランゲ夫人もアリアを数曲歌って会を盛り上げた。
同書 p.240
と報じられているという。 ヨーゼフ・ベーアは前年までペテルブルクのロシア宮廷音楽家として仕えていたが、ドイツに戻り演奏活動を続けていた。 そして翌1792年にプロイセン宮廷楽団員となるのだが、ちょうどこの頃ウィーンに滞在していた。 ただし、モーツァルトはベーアなる人物についてはかなり以前から知っていて、13年前の1778年パリ滞在中のときザルツブルクから父レオポルトが
1778年6月29日
ドゥーシェク夫人が、ヨーゼフ・ベーアとかいうクラリネットの名手宛の推薦状を私に送り届けてきました。 この男はド・ランベスク公に仕えていますが、公は国王の厩舎長官です。 この推薦状をおまえに送るべきかどうか、手紙を下さい。 ベーアさんと話をしてみて下さい。
[書簡全集 IV] p.124
と書いたのに対して、モーツァルトはすぐに
ベーア氏への推薦状を、ぼくに送ってくださる必要はないと思います。 まだ彼には面識がありません。 ただわかっているのは、彼がすばらしいクラリネット奏者であることと、それ以外ではかなりだらしない奴だということです。 ぼくはそういう連中と好んでつき合いたくありません。 信用が置けないのですから。 推薦状も持参したくはないのです。
同書 p.150
と返事を送っている。 ベーアは16歳でオーストリア軍のトランペット奏者になり、のちにフランス軍に入ってから、パリでクラリネットを学んだという。 そして1777年から1782年までパリでクラリネットの名手と知られ、1783年にペテルブルクに渡った。 上の手紙の内容からすると、モーツァルトはパリ滞在中にベーアと出会っていないかもしれず、両者が実際に対面したのはもしかしたら1791年3月の演奏会の前後だけで、それが最初で最後だったかもしれない。

アインシュタインは、モーツァルト自身の演奏会のためにではなく、ベーアの演奏会で共演する目的で生まれた「片手間仕事」がモーツァルト最後の年に書かれた「訣別の曲」になったことに哀れを感じとっている。

この曲は実際に、《天国の門》、つまり永遠への戸口に立っている。 モーツァルトは残された11カ月のあいだに、なお多くのさまざまなものを書いたが、彼がその最後の言葉を述べたのはレクイエムにおいてではなく、彼が自分の最も偉大な言葉を発言したことのあるジャンルに属する、この作品においてである。 それは、人生がなんの魅力もないものとなってしまった、という書簡のなかの告白に対応する、音楽的告白である。 諦念はもはや声高の、あるいは強力な爆発の利用して表現されない。 あらゆるエネルギーの活動はしりぞけられたり弱められたりしている。 だが和声法の陰影づけと転調のなかで触れられる悲哀の深淵は、それだけいっそうぶきみである。 フィナーレはおぼろげな楽しさを呼吸している。 それはこの世を去った幼な子らが極楽で遊び戯れるさまに似ていて、楽しげで、愛も憎しみもない。 モーツァルトはこのロンドの主題を、数日後,『春への憧れ』のタイトルをつけた一曲のリートのために用いた。 それは、これが最後の春だということを自覚した、諦念の明朗さである。
[アインシュタイン] pp.426-427
終楽章のロンド主題は歌曲『春への憧れ』(K.596)となって9日後に自作目録に記載される。 作曲者がそのとき訣別を意識して書いたかどうかは別にしても、実際、後世の我々も確かにその気配を感じ取ることができる。 彼は幼い頃から人の死の予感に鋭いものを持っていたことが(いくつもの実例で)知られているが、自分の最後の年の最初に作られたこの曲に作曲者が鈍感だったはずがなく、(オカールが言うように)多くのモーツァルティアンにとっては、1791年の作品は告別の音楽にきこえるという。 オカールはサンフォアの言葉をとりあげ、
モーツァルトは主題に虹のあらゆる色合いを通過させるのだが、彼がその扱い方に苦しむとか、その内面的なポエジーがいささかなりとも変質するといったことはない。
[オカール] p.170
は、まさに適評だと言っている。 名人芸が影をひそめ、作品には室内楽と同じような内面性がゆきわたっている。 音線と音色の極度な節約によって、沈黙のすぐそばから発してくるような強さに驚嘆させられ、深い孤独と告別の印象がそこから感じられるというのも多くのモーツァルティアンに共通のものだろう。 ただし、曲の成立は不明であり、過度に「最後の」を意識するのは良くないと思われる。 そもそも彼の作品には初期のものにも(聴きようによっては)一種の悲哀と訣別を感じさせらることがあるからであり、それがモーツァルトの音楽の特徴の一つだからである。 繰り返しになるが、タイソンによればこの曲は1788年頃に大部分が書きあげられていたことになる。 そのときモーツァルトが「訣別の曲」を意識していたとは考えにくい。 また、アインシュタインの「片手間仕事」という言葉もこの最後のピアノ協奏曲の出生の不幸をことさら強調しようとするものであろう。 自分自身の演奏会を催すことができないために、他人の演奏会で初演されたという悲運の新作。 しかし、作曲者自身には少しもそのような感傷的な気持ちはなかった。
モーツァルトは一般に考えられていたよりもずっと現実主義者だったので、暮らし向きの必要に応じて、すばやく主力の置きかたを変えた。 もし公開演奏会があまり開かれなくなったのなら、私邸での演奏会向きの音楽に専念しないはずがあろうか。 事実、1791年半ば頃まで彼はそうしていた。
[ランドン] p.52
モーツァルトはこの新作をアルターリアから出版し、8月10日の新聞広告には3フローリンで販売されると掲載されている。 何らかの事情で中断していたこの曲を一気に完成させ、少しでも生活の足しにしようと考えたのであろう。 モーツァルトにとって、人生の最後をしみじみと感じている暇などなかったし、そもそも彼はそのようなタイプの人間ではなかった。 さらに興味深い指摘もある。
ロンド主題の第5小節以下は明らかに《コシ・ファン・トゥッテ》第2幕のドラベッラのアリア「恋はこそ泥、小さな蛇が È amore un ladroncello」(第28曲、変ロ長調)の72小節以下と関係があり、そこでの歌詞を考慮に入れると、作品のイメージは一変する可能性がある。
[全作品事典] p.179
そのアリアの歌詞については、下に紹介した動画の字幕で見ることができる。

第1と第3楽章に作曲者によるカデンツァが残されている。 ただし第3楽章には2つ残されているが、片方のカデンツァは偽作と考えられている。

第1楽章のカデンツァはかなり長い。 提示部のパッセージの動機が使われ、2回のフェルマータを挟んで第2主題が現れ、長いトリルの後、自由な動きが繰り広げられるという定石どおりのつくりになっているが、全体的に華やかなパッセージが繰り広げられる部分が長い。
第3楽章のテーマは。ほぼ同じ時期につくられた有名なリート《春への憧れ》のテーマが使われており、カデンツァもこの動機から始まる。 このカデンツァも動機がめまぐるしく変化した後、フェルマータで静まり、華やかに下降してきた後、副主題が現れてさらに数回のフェルマータをはさんで終結部は自由なパッセージが繰り広げられ、ピアノ・ソロに受け継がれるという形を取っている。
[久元] p.187
これらのカデンツァ演奏は久元祐子『モーツァルトのピアノ音楽研究』のページで聴くことができる。 (sound25)と(sound26)

〔演奏〕
CD [SONY SMK 58984] t=31'57
ホルショフスキ Mieczyslaw Horszowski (p), カザルス指揮 Pablo Casals (cond), Perpignan Festival Orchestra
1951年7月
CD [ピジョン・グループ GX-9233] t=29'07
バックハウス Wilhelm Backhaus (p), ベーム指揮 Karl Boem (cond), ウィーン・フィル Vienna Philharmonic Orchestra
1955年6月
CD [PHILIPS PHCP-10171/77] t=29'28
ハスキル (p), フリッチャイ指揮バイエルン国立管弦楽団
1957, mono.
CD [ALKAM AV, CULTURE CCD-1019] t=31'37
ゼルキン (p), セル指揮コロンビア
1962
CD [DENON 28C37-31] t=28'08
グルダ Friedrich Gulda (p), スワロフスキー指揮 Hans Swarowsky (cond), ウィーン国立歌劇場管弦楽団 Orchestra of the Vienna State Opera
1963年6月
CD [CLASSIC CC-1047] t=32'20
グルダ Friedrich Gulda (p), アバド指揮 Claudio Abbado (cond), ウィーン・フィル Wiener Philharmoniker
1976年
CD [LONDON POCL-9435] t=31'50
ラローチャ Alicia de Larrocha (p), ショルティ指揮 Sir Georg Solti (cond), ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 London Philharmonic Orchestra
1977年12月
CD [PHILIPS PHCP-1103] t=32'30
内田光子 (p), テイト指揮イギリス室内管弦楽団
1987

〔動画〕
[http://www.youtube.com/watch?v=4Y-AiesUhrk] (1-1) t=6'42
[http://www.youtube.com/watch?v=CPeJryJlYvY] (1-2) t=8'09
[http://www.youtube.com/watch?v=SIuJh2V3SrQ] (2) t=8'15
[http://www.youtube.com/watch?v=A9D6zqYVego] (3) t=9'21
Friedrich Gulda (p), Claudio Abbado (cond), Wiener Philharmoniker
[http://www.youtube.com/watch?v=OfihYzp42rc] (1) t=13'55
[http://www.youtube.com/watch?v=eUCGmwk1s90] (2) t=6'47
[http://www.youtube.com/watch?v=KFjZfa3gWTU] (3) t=9'48
Maria Joao Pires (p), Trevor David Pinnock (cond)
[http://www.youtube.com/watch?v=7vqBBRVRwSg] (3) t=8'32
Murray Perahia (p, cond), Chamber Orchestra of Europe
1991
[http://www.youtube.com/watch?v=1jIBRSX56V0] t=3'10
Susanne Mentzer - Dorabella "È amore un ladroncello"
Cosi fan tutte - Act II
Metropolitan Opera 1996, James Levine

〔参考文献〕

 

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2012/03/31
Mozart con grazia