公正証書遺言無効判決出る!

2006年 7月 24日

 広島地方裁判所は、平成18年7月13日、公正証書遺言が無効であるとの判決を出した。

事案の内容

 平成6年4月13日、S氏が、公正証書遺言をした。
 S氏は、平成17年6月5日に死亡した。
 S氏は、生前、ろうあによる言語機能障害(3級)、ろうあによる聴覚障害(3級)身体障害者総合等級2級に認定されていた。

原告(相続人の一人)の主張
 S氏は、生来の聴力障害者で、言葉を発することもできなかったのであり、有効に遺言をなし得るだけの意思能力を備えていたとは考えられない。本件遺言は、遺言者の意思能力が欠如し、無効である。

被告(遺言執行者)の主張
 S氏は、聴力障害者であったが、聴力もあり、発言能力もあり、園では自ら積極的に地域と交流にかかわっていた。本件遺言もS氏自身が決定したものである。

 原告は、S氏が口授することができなかったと主張するが、次のような判例がある(以下 略)


争点

1. 本件遺言時に、S氏に意思能力があったか。
2. 本件遺言は「口授」の要件を充たすか。


裁判所の判断

1. S氏は、大正6年生で、農業で生計を立てていた。
 S氏は、昭和34年10月10日に、身体障害者手帳を交付された。
 身体障害者福祉法施行規則別表によれば、音声機能、言語機能又はそしゃく機能の障害3級とは、音声機能、言語機能又はそしゃく機能を失い、聴覚又は平衡機能の障害のうち聴覚障害3級とは、両耳の聴力レベルが90デシベル以上のもの(耳介に接しなければ大声語を理解しえないもの)をいう。

2. 昭和62年ころ、S氏の他近所に居住していた人が、T宅に集まった。
 Wの筆記により、昭和62年5月14日付けのS氏の遺言書が作成された。
 この遺言書が、S氏の意向に沿ったものかどうかは明らかではない。

3. 平成6年4月ころ、被告Tは、Wから、S氏の遺言を公正証書にするので手伝ってほしいと頼まれた。

4. 同月13日、東広島公証役場において、本件遺言書が作成された。
佐藤公証人が、S氏に対して読み聞かせ、S氏がこれにうなずき(首を縦に振り)佐藤公証人や証人もうなずくという方法で進められた。
 S氏が、すぐにうなずかないときは、Wが佐藤公証人の言葉を犯部反復することもあった。そして、全条項を佐藤公証人が読み聞かせS氏が署名し押印した。
 ところで、佐藤公証人は、本件において、S氏が単にうなずいただけの部分はない、必ず、間違いない等の言葉に出したとし、本件遺言3条について、S氏と随分長いやりとりがあったとして、その他の条項についてもS氏とのやりとりを証言している。しかしながら、こうしたやりとりを見聞きしていた被告Tは、本件において、S氏がうんとかああとか声も出していたが、基本的にはうなずいていた(大体首を振るというしぐさだった。)、内容の説明は記憶にないと供述しているにすぎないことに加え、S氏の身体障害の内容・程度や本件遺言の複雑さからしても、S氏おおいて佐藤公証人が証言するような「話」が可能であったか疑いが持たれること、本件遺言の区制状況についての証人佐藤の証言が、本件遺言の記載や一般の公正証書遺言の作成状況から推測して述べているにすぎないものではないかとも考えられ確かな記憶に基づくものとも言い難いことからすると、本件において、佐藤公証人の上記証言はたやすく信用することができず、被告Tの供述する以上の事実は認定することができない。


判断

 S氏には、意思能力がなかったとまで認めるには足りない。
 本件遺言が口授の要件を充たすかどうか。
 「口授」の要件は、規定の文言や、同条及び本件後に新設された969条の2の趣旨からすれば、あらかじめ提出されたメモに基づき作成された素案の読み聞かせとその確認が行われたとしても、当該メモを遺言者自らが申述し又は自書した等の特段の事情が認められないかぎり充たされるものではないと解すべきである。
 本件において、佐藤公証人に提出された前記メモは、S氏ではなくWが作成したものというのであって、S氏が自ら申述し又は自書したものとは認められない。
(中略)
 前記のW作成に係るメモや、乙4の遺言書ひいては本件遺言がS氏の意向に沿ったものであったかどうかについては、疑問の余地がありS氏の真意がどきようなものであったかは判然としないというほかない。(中略)
 法的には、本件遺言は遺言者の真意を確保しその正確を期するために定められた民法所定の方式に違反するものとして無効といわざるをえない。


感想

 公正証書遺言が表沙汰になるときには、遺言者は死亡している。
 そのため、争いとなったときには、骨肉の争いとなる場合が多い。
 本件は、遺族とそうではないものとの間の争いのようであるが、いずれにしても、遺言については、特に、公証人には、きちんと信頼される公正証書遺言が作成されるようにしてもらわなければならないと思う。
 この判決は、明確に、公証人が「偽証」したと言っていると思う。
 なぜか、裁判所は、「明確に偽証」とは断定しない。
 それが、先輩法曹である公証人に対する遠慮であってはならないと考える。
 本件が控訴されたのかどうかは、まだ現時点ではわからない。