親しみやすく信頼されていた警察は、どこに行ったの?
警察行政の経済合理性とは?



 私が子供のころ、駐在さんは、村の人みんなに信頼され、親しまれていた。親は、子供が悪いことをしたとき、「おまわりさんに、言うよ」と言って叱っていた。

 警察官という仕事は、「しんどい」仕事であり、マニュアルどおりにやっていたらいいというものではない。「やる気」と「使命感」、そして、なによりも「正義感」がないと続けられない職業である。

ところで、今、警察官は、どうだろうか。

「頼りにされていない!」
「警察官に訴えたのに、何もしてくれなかった!」
という訴えが多く報道されている。

 勿論、多くの警察官が、使命感に燃えて職務に励んでおられると思う。しかし、表面に出る問題では、このような訴えが多いし、日常的にそう感じざるを得ない事態に遭遇している。

 警察官は、なぜ、そうなったのだろうか?

 私は、その重要な要素として、交通規制の不条理、不合理があると思っている。警察官は、交通規制において、「考えることを禁止されている」。形式的に違反していることだけを理由として、膨大な数の違反者を検挙し、多額の反則金・罰金を稼ぎ、処理件数をこなしている。

 しかし、警察官は、これらの交通規制に従事して、多くの国民から「反感」をかっている。

「何で、俺だけをつかまえるんだ!」
「俺よりスピード出している車が多いじゃないか!」
「俺は、そんなスピードなんか出してないぞ!」
「なんで、こんなとこで駐車違反の取締なんかやるんだ!」
等々、警察官は、善良な国民を敵に回している。

 そして、国民は、警察に協力しよう、警察官はよくやっている、という警察官に対する尊敬の念を失わされている。その結果、多くの、「なんで?」というような事件が起こっている。

 警察官は、「民事不介入」を原則して、困難な民事事件にからむ刑事事件を避けてきた。

 刑法にも、恐喝があり、強迫があり、詐欺がある。

 民法にも、詐欺があり、脅迫があり、恐喝がある。

 民事事件にからむ刑事事件は、「頭のよい」人が起こして、人のいい庶民が被害に巻き込まれる。

 考えることをやめた警察官は、どんどん、新たなタイプの事件に対する意欲を失う。そして、なんで、こんな事件に、こんなに時間と労力をつかって捜査するの?というようなことが起こっている。

 そんな事例の一つを紹介しよう。

 A(昭和44年生)は、ある日の午前0時40分ころ、コンビニで缶ビールを1本買って飲みながら、夜道を歩いていたところ、肌寒くなったので、通りかかりの交番に入り、椅子に腰をかけてビールを飲んでいたが、気がムシャクシャしたので、足で、玄関のガラスを蹴ったところ、ガラス2枚が割れてしまった。暫く考えていたが、ガラスを割ったのは悪いことなので、ガラスを割ったことについて警察に連絡をして、処罰を受けようと考えた。

 そして、交番の電話をとり、電話口に出た警察官に交番のガラスを割ったことを自首した。ガラス2枚の値段は、22,320円相当であった。

 この事件について、刑事裁判に提出された資料だけからみて、次のような証拠が出されている。

緊急逮捕した経緯を記載した書類
被害届(これは、警察署の会計課長で警察署長宛に出している)
告訴状(これは、警察本部長が警察署長宛に出している)
器物損壊罪は、告訴が必要となるので、北海道が所有権を有している警察の建物のガラスの損壊については、警察本部長が管理権を持っているとして、告訴権があるというものである。(地方自治法・北海道財務規則・北海道警察財務会計事務取扱規程・同規程の改正する訓令の該当部分と北海道有財産等が損壊された場合の告訴権者の一覧表が提出されている。
玄関引き戸ガラスの損害額等に関する報告書(損害額が幾らかを明らかにするもの)
見積書(6・8ミリメートル網入りガラス 1枚11,160円で2枚で22,320円)
玄関ガラスの大きさに採寸の間違いがあったとして、採寸し直したという報告書
玄関引き戸ガラスの損壊状況についての報告書
写真撮影された写真4枚と現場見取り図(ガラスの割れ方を手書きしたものが出されている)
実況検分調書
実況検分の場所は、交番とその付近一体
実況検分の目的は、被害現場の状況を明らかにして証拠を保全するため
(1) 現場の位置 現場見取図第1・第2
(2) 現場付近の状況 現場見取図第1・第2
(3) 現場の模様
(a)建物外周の状況 交番がセラミックブロック造り總2階であることなどが書かれている。 現場見取図第3 現場写真1・2
(b)室内の状況 事務室に置かれている机やロッカー・洗面所・便所・物置・階段等の状況が記載されている。 現場見取図第3 現場写真3・4
(4) 現場の状況
(a)玄関出入り口のサッシ枠ガラス引き戸の状況 現場見取図第4・5 現場写真5
(b)破損下ガラスの飛散状況   現場見取図第4・5 現場写真6
(c)ガラス破片等の脱落の状況  現場見取図第4・5 現場写真7
(d)ガラス引き戸上部に足跡が移っていたのをゼラチン紙に採取した状況 現場見取図第4・5 現場写真8
(e)Aの履いていた運動靴の写真撮影の状況 現場見取図第4・5 現場写真9
(f)ほぼ空になった発砲酒の状況 現場見取図第4・5 現場写真10
(5) 証拠資料 足跡1個
10 交番の出入口ガラス引き戸ガラス面にAの足跡様の痕跡が認められた旨の報告書
現場見取図添付
11 交番勤務警察官の勤務状況についての報告書
犯行時交番勤務警察官が警邏中であったこと
勤務日誌添付
12 実況検分調書(犯行の再現状況)
本件犯行の状況を明らかにするため、犯行場所で、Aの指示説明のもと犯行状況の再現を実施。いわゆる引き当て捜査と言われるものである。右足を蹴り上げている写真が3枚添付されている。
13母親の供述調書
14犯行前の飲酒程度などの報告書
15 刑事責任能力についての医師からの聞き取りの報告書
医師2名から事情が聞かれている。

以上が客観的な証拠として提出されている。

 Aの供述調書は、自首調書・警察官に対する調書が2通、検察官に対する調書が1通Aの前歴照会・前科の内容・身上(戸籍謄本)関係の書類が出されている。


丁寧で緻密な捜査?

簡単明瞭、この捜査にかかった費用は、いかほどになるのだろうか。

現場検証には、少なくとも3名以上の警察官が必要となるだろう。

この事件でとられた写真は、何枚になるのだろうか。

この事件で作成された現場検証の図面などの作成、調書の作成、医師に面談しての事情聴取、もろもろの捜査にかかる時間と費用は、どの位になるのだろうか。

この事件に一体何名の警察官が、関与したのだろうか。

この事件が、起訴され、国選弁護人として、私がついた。国は、国選弁護人にも法律で定められた費用を支出した。その費用は、ガラスの代金の何倍にもなる。

裁判官が、審理し、判決し、前刑の関係で実刑となった。

この事件の被告人は、この事件で逮捕されてから、ずっと勾留され、判決で実刑となって、今後、刑務所で3食が保障された生活を送ることができる。


捜査における経済合理性とは?

刑事捜査は、極めて困難である。中でも、犯人がわからない事件で、犯人を割り出すなどの困難な捜査には、それこそ、気の遠くなるような捜査費用がかかり、筆舌に尽くしがたい捜査官の努力があることは、容易に推測できる。

国が、国民の身体・財産の安全を守るために、どれほどの費用がかかっても行わねばならない刑事事件の捜査は、無数にある。

この交番の玄関ガラス2枚を蹴って割ったという事件の丁寧で、緻密な捜査について、どのような検討の結果、行われたのだろうか。


感想

 この事件について、身内が、ガラスの代金を弁償していたならば、多分、刑事事件としては立件されなかったのではなかろうか。

 この事件について、このように丁寧で緻密な捜査がされている一方で、警察に告訴したが、告訴を受け付けてもらえなかったとか、相談にのってもらえなかったなどという声も多数聞かれる。

 司法改革が大きな声で叫ばれているが、警察で現実に行われている捜査活動に関して、なんらかの外部からの検討がなされているということは、聞かれないと、私は思う。

 このような事件の処理について、もっと経済合理性に基づいた法制度が考えられるべき時期にきていると思うのは、私だけだろうか。