郵便局への預金は安全?



 郵便局は、「正当の権利者の確認方法」と題する手続を定めている(「郵便貯金取扱手続(郵便局編)−総則、通常郵便貯金、機械払、給与預入、自動払込み、自動移替、自動払出し預入、局外における取扱い−郵政省貯金局)。

 この中の「注意点」のところに次のような定めがある。

「請求人、申込人、又は届出人が、預金者の家族、使用人、職場の同僚であって、一般に預金者の使者又は代理人たる関係にあると認められる者であるときは、預金者からの請求、申込み、又は届出として取り扱って差し支えない。この場合には、払戻金の受領証、払戻証書、貸付金受領証、改印届書、再交付請求書、又は郵便貯金全払請求書の余白に「妻宮本和子」のように預金者との続柄又は関係及び氏名を記入」(1項2号注2)と定めている。


 この内部規定を正当と認める最高裁判所の判決が存在している。

 その内容は、判決によれば、次のようになっている。

■A男が、昭和62年10月31日、徳山郵便局に300万円の定額郵便貯金をし、その旨の定額郵便貯金証書の交付を受けた。

 A男は、昭和63年6月13日徳山郵便局に対し、300万円の定額郵便貯金の払戻を請求したところ、同郵便局は、既に、A男の当時の妻が、この定額郵便貯金証書の亡失届書を提出して再発行を受けた上、同年1月18日迄には全額払戻をしたとして、原告の右請求に応じなかった。

 この事例において、前記貯金取扱手続にのっとって正当の権利者の確認手続をとっていることを理由として、郵便局職員には過失がないとされた。(山口地方裁判所平成二年ワ第228号郵便貯金払戻請求事件・平成四年二月二一日判決、広島高等裁判所平成4年ネ第111号郵便貯金払戻請求控訴事件・平成四年九月一六日判決、最高裁判所平成四年オ第2161号・平成5年6月8日判決)

■私は、相談を受けた事例は、次のような内容だった。

 A子夫婦は、母の面倒を見ていたが、母(大正7年3月生・平成7年3月死亡・死亡時年齢77才)が死亡した。母の相続人は札幌在住の長兄・次兄、死亡した長姉の子供と、A子であった。母が残した定額郵便貯金証書を葬式の日に、長兄らに見せたところ、長兄は、「相続人全員の判がいるから、きちんと保管しておけ」と言ったので、A子は、地元の郵便局に言って、相続人がどのようにして定額郵便貯金を解約できるのか聞きに言った。母の死亡については、地元の新聞に死亡広告を出しているし、地元の郵便局の職員は、勿論、そのことは知っており、相続人全員の署名・押印した書類を提出するようにと教えて、提出する書類をA子に交付した。

 初七日に、兄弟姉妹が集まったところ、長兄は、A子に定額郵便貯金証書を渡すようにと言ったことから、A子は、長兄がきちんと手続をするものと思って定額郵便貯金証書を渡した。ところが、いつまでたっても何も言ってこないので、地元の郵便局に言って、母の定額郵便貯金がどうなっているかを調べてもらったところ、すべて払出されていることがわかった。

■この事例で、長兄は、次のようにして、定額郵便貯金を解約し、払戻を受けていた。

  1. 定額郵便貯金証書を札幌の郵便局に持参し、長男であるとして、すべて解約し、母親名義の普通郵便貯金通帳に入金した。
  2. 死亡した母親が釧路市近郊の町から、長男の家に転居したとして、転居届を出した(住民票の提出はなく、長男の話のみ)。
  3. 長男は、母親名義のキャッシュカードを作成した。(母親は、前述のように77才であるが、母親の意思の確認はなく、長男が暗唱番号も作った)
  4. 長男は、母親名義の普通預金からお金を引き下ろすため、改印届をした。
  5. 長男は、札幌近郊の複数の郵便局で、キャッシュカードを用いて母親名義の普通郵便貯金からお金を引き出し、一部分は、窓口でお金を引き出した。
  6. 長男は、引き出したお金を、相続権のない人にも分配したが、A子には、1円も渡さなかった。
  7. 長男は、法廷で、死亡した母親の貯金をこのような方法で引き出すことは「私文書偽造・同行使」という刑事処罰を受けることとなることは知っていた。ばれたら、処罰されることを覚悟の上でやったと証言した。

■国は、次のように郵便局の内部規定の正当性を主張した。

郵便貯金制度の基本は、「簡易で確実な貯蓄の手段」である。これは、誰もが手軽に利用でき、利用手続も簡単な貯蓄の手段であるとともに、信用が強固であり、かつ安全で、取扱いが性格な貯蓄の手段であることをいうが、この確実性については、国が郵便貯金の元金及び利子を保証することによって裏付けられている。また、郵便貯金は、国民に「あまねく公平に利用」させなければならず、このことが郵便貯金事業が国の行う事業という形態をとった理由の一つでもある。

簡易な貯蓄手段としての郵便貯金においては、貯金名義人の家族が払戻等の手続にくることは、通例、夫婦間又は親子間では極めて多く、請求人、申込人、又は届出人が一般に預金者の使者又は代理人たる関係にあると認められる者であるときは、預金者からの請求等として取り扱うことができる旨認めている。 個々の払い渡しについて周到な注意を払い、厳密な調査をおこなわなければならないわけであるが、不特定多数の利用者を対象にし、しかも大量の取扱いを迅速に処理しなければならない郵便局にこれを期待することは到底困難である。仮に、このような調査を行い得たとしても、郵便貯金の払い渡し等の都度、すべての請求人に正当の権利者であることを証明させることは、一部少数の悪意者の究明のため、大多数の善意の預金者に対して多大の負担を課する結果となる上、利便性を多いに損ねることになる。

■判決は、国の主張を全面的に是認した。判決理由は次のようになっている。

 ところで、郵便局の窓口業務として行われる郵便貯金の払戻等の手続は、不特定多数の利用者を対象として大量の業務を迅速に処理することが要請されるところ、夫婦又は親子間で一方を他方の使者等として郵便貯金の出し入れをすることは日常良く行われていることであるから、不特定多数の郵便貯金利用者の便宜と預金者の安全、保護との調和の見地からみて右取扱規則及び取扱規定の定めによる処理は合理的なものといえ、夫婦関係が破綻しているとか、名義人の死亡が疑われる等、正当な権利者であることを疑わせるような特段の事情がない限り、郵便局には預金者本人の意思確認をしたり、他の証明資料の提出を求める等して権限の有無を確かめるまでの注意義務はないものというべきである。



感 想

 郵便局においては、貯金通帳や、届出印は、どのような意味があるのだろうか。金融機関に貯金をし、それを引き出す場合には、通帳と届出印が必要なことは、それこそ誰でも知っている。逆に、通帳と届出印、それと、現在は、キャッシュカードを保管していれば、自分の貯金は、安全だということである。

 しかし、郵便局の貯金に関していえば、それは、全く安全ではない。

 通帳がなくても、届出印がなくても、キャッシュカードがなくても、前記のような関係にある者が、本人には無断で、簡単に、本人の貯金を全部引き出すことが可能なのだ。

 A子の場合、地元の郵便局に母親の死亡を伝えて、相続人が貯金を引き出す方法を聞きに言っている。民間の金融機関の場合には、この段階で、預金者死亡として、きちんとした相続人からの請求がないかぎり預金を引き出せない措置をとる。相続人からの届出がない場合でも、死亡広告等をみて、預金名義人の死亡がわかれば、相続人からの正当な手続がない限り預金を払いだせないようにする。もし、このようなことをしなければ、引き出した預金からの相続分に応じた金員を受け取れなかった相続人から請求を受けた場合に、二重払をせねばならないこととなるからである。

 私は、この件は、すくなくとも、郵便局の前記のような規則によっても、死亡した事例であること、死亡したことを地元の郵便局に伝えていること(伝えていなくても地元の郵便局は、死亡広告で知っていた)、住民票の提出もなしに住居の移転届を受け付けていること(死亡した場合に、住民票に死亡と記載される)、改印届をしていること、さらに、キャッシュカードを作成していることなどから、国の責任が認められると考えていたが、地方裁判所でも、高等裁判所でも、そして、最高裁判所でも、郵便局の取扱規定に基づき、国には責任がないとされた。

 私は、A子からの相談後、次のような相談にのった。

●父親が、次女夫婦と同居しており、死亡したところ、郵便局に退職金等多額の預金があったはずだが、すべて、引き出されて何もないと言われた。父親死亡後次女の夫がだまって引き出したと思われるが、どうしたらよいか。

●2年も前に父親が死亡した後、次男が、長男や長女にはなんの相談もなく、勝手に父親名義の預金を引き出してしまった。

●サンデー毎日1998年3月1日号「預けかえて大丈夫?300万円がパアー 郵貯の落とし穴」によれば、「相続をめぐるトラブルは後を絶たず、現在十数件が郵政省の過失を問う訴訟に発展しているという」と報道されている。

 貯金を家族の者が引き下ろしに行くことが多いということは、当然に、預金者が、預金の引き下ろしに行く人に、「通帳と届出印あるいは、キャッシュカード」を渡すと合理的に推測されるからではないでしょうか。たとえ、配偶者であっても、家族であっても、預金者本人が知らない間に、通帳の再発行から、届出印の改印、預金担保借入れから、預金の全部の払い出しまで、行えるという郵便貯金の取扱は、全国がオンラインで結ばれ、郵便局と民間金融機関との間でもオンラインで結ばれるという時代において、あまりにも時代錯誤だと思うのは、「お上を信用しない」もののふらちな言いがかりなのでしょうか。

 郵便局の貯金の取扱と、民間金融機関の貯金の取扱が、このように異なることは、非常に問題があると思いますが、みなさんはいかがお考えですか。