給料の仮差押えの取消を認める決定出る!
ジャックスが、神戸弁護士会の後藤玲子弁護士から、任意整理の申し出があったにもかかわらず、多重債務者の給料に対する仮差押えをしたというケースにおいて、「給料に対する仮差押えは、その執行によって、既に進行中の弁済計画に影響を及ぼすことは明らかである」として、仮差押え決定が取り消す旨の決定がされた(西宮簡易裁判所平成11年(サ)第5360号保全異議事件・平成11年11月30日決定)。事案の概要
債務者は、平成11年3月1日の支払を最後に返済をしなくなった。債務者の代理人である後藤玲子弁護士は、3月29日、債権者に対して任意整理したい旨の通知をし、弁済計画案を提示したが、ジャックスはみ同意しなかった。
■ ジャックスは、次のような理由で、債務者の給料に対する仮差押えの申立てをし、西宮簡易裁判所が仮差押え決定を出した。
・ 債務者の支払不能状態
債務者の負債は、債権者12社に対し、負債総額1700万円余。
債権者と債務者との話し合いはまとまらず任意整理は、不調に終わった。
・ 債務者の無資力
債務者の資産は、土地・建物と勤務先に対する給与債権のみである。
不動産には抵当権が設定されており、担保額が評価額を上回っており、剰余の見込みはない。
債務者は、給与債権を有しているが、多額の負債を負っているため、債権者から、勤務先に督促の電話が頻繁にかかってくる状況が考えられ会社にいづらくなって退職してしまうおそれがある。
・ このような諸事情があるため、今のうちに、給与債権を保全しておかないと本案訴訟で勝訴判決を得ても、現実の回収が不能となるおそれがある。
■ 保全の必要性についての債務者の反論
・ 不動産の被担保債権残高合計は1100万円であり、債権者の評価(1436万円)のとおりであったとしても、ジャックスの請求債権程度の剰余はある。
・ 債権者は、「他の債権者から勤務先へ督促の電話が頻繁にかかってくる状況が考えられ」と主張するが、債務処理を弁護士に委任した旨の通知を受けた後、債務者本人に対し貸金業者が支払請求することは禁じられている。
本件におていも、債務者の職場や自宅への貸金業者からの電話は皆無である。
弁護士が債権者らに受任通知を送付した後に、わずか九〇万円足らずの債権についてなんらの理由もなく給与の仮差押えなどという非常識というより悪質といってもよい手段をとるのは、本件の債権者くらいのものであって、「会社にいづらくなり、退職してしまうとそれが大いにある」とすれば、それは、まさしく本件仮差押えによって惹起される状況なのである。債権者の意図もここにある。本件保全手続は、債権者も認めるように会社に債務者の状況を知らしめて「会社にいづらく」させ、「退職」させて、抜け駆け的に退職金で一括回収しようという意図のもとになされたことは自明である。
・債務者の現状
債務者は、返済計画に基づいて住宅ローンを含めて債権者に順調に返済していっており、本件債権者を含めた合意に達していない債権者のめたには返済計画どおりの返済金を積み立てている。
ジャックスは、三年の分割案に一旦は同意していた。どのような見地からみても、保全の必要性は毫も内ない。
■ 保全の必要性についての裁判所の検討
・ 不動産の被担保債権額は、金1018万余円であり、今後も、弁済していく限り減少していく。
不動産の債権者の評価額(1436万円)は、路線価を基本に試算したもので必ずしも正確ではないが、仮にそのとおりであるとしても、金417万円余の開差があり、本件被担保債権額からみても優に剰余が見込まれる。
・ 多重債務者については、弁護士による任意整理、債務弁済協定民事調停事件の調停委員会における解決等による公正かつ妥当で経済的合理性ある弁済計画により生活再建を図るのが昨今の趨勢でしり、そのためには、債権者の理解と協力が、必須であり、多重債務者の更生に対する公正、公平面の配慮がなさるべきである。
債務者は、破産手続に移行することを回避して弁済すべく、代理人弁護士が債務整理に入り、大多数の債権者が債務整理に協力的で、計画案に従った弁済を実施中であるが、本件債権仮差押えによって右弁済計画に支障をきたし頓挫するおそれがあり、また、抵当権者である住宅金融公庫等の住宅ローンの弁済にも影響しかねないことが予測され、ひいては、破産手続に移行する危険性がないともいえない。
ところで、勤め人が給与債権の差押え、仮差押えを受けると、勤務先での信用に悪影響を及ぼし、評価は低下し、場合によっては退職を余儀なくされることも考えられなくはなく、その場合、破産手続に移行する恐れなしとせず、多重債務者の更生は行き詰まってしまうことになる。
右のとおり多重債務者である債務者の保全異議事件の審理については、総債権者に与える影響をも考慮すべきである。
以上、諸般の事情を綜合し、本件債権仮差押えをみると、その執行によって既に進行中の弁済計画に影響を及ぼすこと明らかであり、保全の必要については疑念がある。(以下略)
感想
本件は、神戸弁護士会の後藤玲子先生が、ジャックス主張の残債務額を分割弁済するという任意整理案に対して、ジャックスが同意せず給料債権に対して仮差押えをしたことに対して、怒り心頭に達して断固たる決意で、保全異議の申立てをされた事件に対する決定である。一部債権者が、弁護士の提案に同意せず、給料債権に対して仮差押えや差押えをする事例があとを断たない状況において、画期的な決定だと思う。
後藤玲子弁護士は、地元の担当者のみの行き過ぎた債権保全と考え、ジャックスの本社に対しても、このような仮差押えはすべきではないとの内容証明を出されたというが、ジャックスの本社は、後藤先生の内容証明に対してなんらの回答をすることなく、給料債権に対する仮差押えを継続した。
任意整理に対する債権者の「理解と協力」が必要とのこの決定は、今後の実務に及ぼす影響大であると考える。