高校の奨学金
親が子供を虐待し、子供が児童相談所に保護されている間に、支払われた奨学金を払わなければならないの?

2012年10月09日

 私は、2ケ月程前に、三宅勝久というフリージャーナリストから電話で聞かされた高校の奨学金の判決について、驚いた。 というより、なんとも言えない怒りを覚えた。
杉並区に?
そして、裁判官に?


A子さんが、裁判で主張した内容と奨学金貸付の経緯

 三宅勝久さんは、週刊金曜日という週刊紙でこの事件を紹介している(2012年9月21日号・6頁)。
A子さんの両親は、平成19年7月に離婚し、親権者が母親になったという。中学の3年生のときだ。
A子さんは、中学2年のときから、母親から虐待を受けていると訴えていたという。
平成20年2月21日に、母親は、杉並区に奨学金貸付の申込みをしている
平成20年2月26日に、杉並区は、母親に市立高校の入学金等に必要ということから30万円を渡している。この日、杉並区は、母親に、「奨学資金借用に関する誓約書」を提出させている。
平成20年4月 A子さんは、虐待されていると警察に告発し、7月には、児童相談所に保護された。

 平成20年4月28日 杉並区は、A子さんの奨学金として、入学等に際して必要となるお金として30万円、毎月の奨学金として29,000円を貸し付けるという「貸付決定通知書」をA子さんの母親宛に送付した。

 平成20年4月30日 杉並区は、4月分と5月分の奨学金として、2ケ月分の奨学金、母親が作ったA子さん名義の口座58,000円を振り込んだ。

 A子さんは、警察に平成20年4月に告発している。4月何日なのか、裁判所の記録ではわからないが、4月30日より前であることは間違いないと思われる。
A子さんが、警察に告発した後に、 杉並区は、A子さんの奨学金を送金したことになる。
平成20年6月から平成23年3月まで、杉並区は、毎月29,000円の奨学金を、母親が作ったA子さん名義の預金通帳に送金した。
平成21年4月、継続貸付の申請がなかったことから、杉並区は、奨学金の貸付をやめた。
平成21年4月には、親権者の変更の申立てがなされ、6月、親権者が変更になっている。
平成22年2月8日付けで、杉並区は、A子さんに対して、64万8,000円を支払えと請求した。


A子さんの主張

 杉並区は、奨学金を受けるということについて、一度も、確認を受けていない。即ち、杉並区は、借り受ける本人の確認を一度もしていないという重大な注意義務違反があったので、信義則上、奨学金貸付の効果がA子さんに帰属していると主張することはできない。 奨学金を借りるということは、A子さんの母親が、法定代理人としての権限を濫用して行ったものであるから、無効である。


杉並区の主張

 親権者は、原則として、子の財産上の地位の変動を及ぼす一切の法律行為につき、子を代理する権限があるから、親権者の法律行為の効果は、子に及ぶ。
 親権者が同権限を濫用して法律行為をした場合で、しかも、その行為の相手方がその濫用の事実を知り叉は知り得たときに限り、民法93条ただし書の規定を類推適用してその行為の効果が子に及ばないと解すべきである。 杉並区は、奨学金が、A子の修学上必要な資金以外に充てられるとは考えなかった。仮に、母親に権限濫用の事実があったとしても、杉並区は、その事実を知り得る特段の事情もなかったから知ることができなかった。


簡易裁判所の判決の内容

 本件記録に現れた一切の証拠によれば、本件貸付等(少なくともその一部について)は、親権者であった母親によって、A子さんに無断でなされたものではないかとの疑念は払拭できないところではある。
 仮に、同疑念のとおりであったとしても、そもそも、親権者は、原則として子の財産上の地位の変動を及ぼす一切の法律行為につき、子を代理する権限がある(民法824条)から、親権者が同権限を濫用して法律行為をした場合においても、その行為の相手方が同濫用の事実を知り叉は知り得べかりしときは民法93条ただし書の規定を類推適用してその行為の効果が子に及ばないと解するのが相当である(最高裁平成4年12月10日第一小法廷判決・民集46巻9号2727頁)。
 本件においては、全証拠によるも、杉並区において、権限濫用の事実を知っていたこと及び同濫用の事実を知り得る状況にあったとの事実を認めることはできない。


地方裁判所が簡易裁判所の判決に付け加えた内容

 A子さんが、奨学金の貸付を行う際には、最終的に本人である児童に対して事実確認をすることが原則であると主張するが、未成年者である本人に対する確認手続をすべき法的根拠もない。
 A子さんの主張するような信義則に反するほどの強度の注意義務違反を基礎づける事実を認めるに足りる証拠はない。


未成年の親が、子供の福祉に反することを行った場合に誰が責任をとるのか?

 民法820条は、「監護及び教育の権利義務」について次のように定めている。
 親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
 民法824条は、「財産の管理及び代表」について、次のように定めている。
 親権を行う者は、子の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為についてその子を代表する。ただし、その子の行為を目的とする債務を生ずべき場合には、本人の同意を得なければならない。
 民法834条は、「親権の喪失の宣告」について、次のように定めている。
 父叉は母が、親権を濫用し、叉は著しく不行跡であるときは、家庭裁判所は子の親族叉は検察官の請求によって、その親権の喪失を宣告することができる

 A子さんの場合、親権者である母親は、A子さんを虐待したと、A子さんに警察に訴えられ、A子さんは、児童相談所に保護されていた。
A子さんは、現実には、親権者である母親に監護されていなかった。
しかも、A子さんを虐待していた。親権者としての義務を果たしていなかったと言えるのではないだろうか。
奨学金の貸付を受け、将来、借りた奨学金を返済しなければならないということになると、これは、明らかに「債務」を負担する行為であるから、A子さんの同意が必要である。

 A子さんが、未成年のときに、杉並区は、A子さんに、奨学金の返還をするよう連絡したようだ。
そのため、A子さんの父親は、A子さんの親権者として、このような債務はないという「債務不存在確認」の訴訟を起こしたのだ。

 私は、この判決を読み、訴訟記録に現れた事実関係を知り、愕然とした。
A子さんは、未成年のときに押し付けられたこのような不条理に、どんな思いをしているのだろうか。


杉並区奨学資金に関する条例

第1条 (目的)
 (前略)高等学校、高等専門学校、専修学校の高等課程に入学許可を受け、叉は在学し、向学心がある区民で経済的理由により修学の困難なものに対し、修学上必要な資金を貸付け、もって、社会のために有為な人材を育成することを目的とする。
第2条 (奨学生の資格)
 奨学金の貸付を受ける者は、次の条件をそなえていなければならない。
 (1)独立の生計を営む保護者と同居し、杉並区に一年以上居住している者であること。
 (2)向学心があり、修学に支障がないこと。
 (3)経済的理由により修学が困難であること。
 (4)同種の奨学金を他から受けていないこと。
第3条 (奨学金の額)
 (1)国立叉は公立の高等学校、高等専門学校、専修学校の高等課程に在学する者
    月額 17,000円
 (2)市立の高等学校、高等専門学校、専修学校の高等課程に在学する者
    月額  29,000円
2 入学に際して必要とする費用に充てるための奨学金
 (1)前項第1号の学校に入学の許可を受けた者  10万円
 (2)前項第2号の学校に入学の許可を受けた者  30万円
第5条 (申請)奨学金の貸付を受けようとする者は、在学する学校長の推薦を受け所定の申請書を区長に提出しなければならない。
第6条 (連絡保証人) 奨学金の貸付を受けようとする者は、次の各号の要件を備えた連帯保証人1人をたてなければならない。
 (1)成年者で、貸付の日の1年前から引続き区内にい居住していること。ただし、区長が特に認めたときは、この限りでない。
 (2)一定の職業を持ち、または独立の生計を営んでいること。
 (3)この奨学金につき、ほかに保証していないこと。
第7条 (奨学金の交付) 奨学金は、毎月本人に交付する。
第8条 (奨学金の貸付の休止) 区長は、奨学生が、休学したときは、奨学金の貸付を休止する。
第9条 (奨学金の貸付の廃止) 区長は、奨学生として適当でないと認めるときは、奨学金の貸付を廃止することができる。
第10条 (奨学金の返還)
 奨学金は、区長が別に定めるところにより、その全額を返還しなければならない。
第12条 (返還の免除)
第13条 (奨学金の利息)
 奨学金は無利息とする。
 正当な理由がないと認められるときは、「10.95%」の割合の利息を徴収する。


杉並区奨学資金に関する条例施行規則

第2条(申請書の提出)
 奨学金の貸付を受けようとする者は、保護者及び連帯保証人ガ連署した奨学金貸付申請書に、次に掲げく書類を添付して区長に提出しなければならない。
第9条(借用証書)
 奨学金の貸付が終了したときは、奨学生は、保護者及び連帯保証人と連署して、奨学金借用証書を区長に提出しなければならない。
 奨学生が、卒業前に、退学または辞退し、若しくは奨学金の貸付が廃止されたときは、前項に準じて直ちに奨学金借用証書を提出しなければならない
第10条(奨学金の返還方法)
 奨学金は、卒業した日の属する月の1年後から10年以内において年賦、半年賦叉は月賦でその金額を返還しなければならない。
 奨学生が、卒業前に、退学または辞退し、若しくは奨学金の貸付が廃止されたときは、その日の属する月を第1項の卒業した日の属する月とみなす。