公証制度研究会

 消費者信用と公正証書とのかかわりについて学術的な見解が発表されたのは、昭和59年である。(括弧内は、当時)

 竹下守夫教授(一橋大学)、五十部豊久教授(都立大学)、林淳教授(明治学院大学)、有紀新教授(青山学院大学)、春日偉知郎教授(筑波大学)、上原敏夫教授(一橋大学)が、公証制度研究会を組織し、「公証制度全体をその現実の社会的機能に則して学問的考察の対象とすく研究が皆無である」との認識から、「公証制度に対する学問的関心を広く一般に呼び起こし、公証制度の発展を促す契機となる」ことを意図し、「客観的資料に基づく公証制度の社会的機能の分析とそれに基づく現行制度及びそのもとでの運用に存する問題点の把握並びに問題解決の方向を検討するため共同研究を行い、その成果としてて、「実態調査の結果から見た公証制度−消費者信用公正証書を中心として−」を発表した。

この中で、次のように指摘している。

「本来、公証人法では、公証人役場に嘱託人両名が出頭し、その陳述を公証人が録取し、証書を作成してこれを列席者に読み聞かせ、あるいは閲覧せしめ、嘱託人の承認後に列席者と公証人が署名・押印し、その正・謄本の申請・交付がなされることが予定されており、そこでは、債務者は自らの体験と公証人の説示などによって公正証書の作成及び内容・効果について認識しているし、公証人は、違法・無効な法律行為について公正証書を作成しない(公証人法26条)こととなっいる。ところが、消費者信用の膨張によってこれらの本来求められている公正証書の作成過程は変質している。そして、現実には、公証人は、債務者の代理人、嘱託人の代理権限の有無を印鑑証明書(通達により有効期間6ケ月)と照合して確認したうえ、公正証書の種類(例えば、債務確認・弁済契約、求償債務履行、消費貸借など)ごとに用意された定型書式に必要事項を記入し、債権者及び債務者の代理人に署名させて公証人が署名をすれば、執行証書(公正証書)の作成は完了する。
このような公正証書作成の手続過程は、伝来的公正証書作成の手法といちじるしく乖離している。公正証書の執行力付与の根源をなす執行認諾の意思表示や代理権の授与方式など債務者の嘱託行為についてだけでなく、公証人の公証行為についても形式化が進行し、訴訟行為としての徴表はほとんど見失われようとしている。」



弁護士会と公証制度

 北海道弁護士会連合会は昭和58年の定期大会において、「現行公証人法を改正し、公正証書が一層適正かつ適法に作成されるよう作成手続における保障規定を整備するとともに、その効力に相ふさわしい慎重な手続規定を設ける必要あると考えるので関係諸機関において早急に検討を開始するよう要請する」との決議を採択した日本弁護士連合会は、昭和61年5月「公証人法に関する意見書」を公表した。



公正証書国賠訴訟の提起

 第一次公正証書国賠事件は、昭和62年から次々と提起された。


公正証書と報道

 公正証書の実態についての報道は、公正証書国賠訴訟の提起に関連して行なわれるようになった。
 読売新聞は、「不公正証書はびこる・知らぬ間に高い利息・北海道で債務者が訴訟・弁護士ら全国規模の調査開始」(昭和62年8月9日付)「公正証書作り”流れ作業”ズサンな内容確認・札幌訴訟証言調書通知漏れあり得る」(昭和62年8月11日付」との報道をした。
 この記事を読まれた倉田公証人(当時)は、「一般人を装って」匿名で次のような記事を掲載された。

NHKが、くらしの経済セミナーで「知らないとたいへん・公正証書の落とし穴」が放送された。

公正証書国賠事件・報道に関する公証人連合会の意識と対応
 昨年春以来北海道で4件の公証人事務に関する国家賠償事件が提起され、広島の1件とあわせて5件が問題となっています。北海道の4件についてはわれわれの見方では、国側が和解しなければならないよな事件ではないと考えていますが、そのような訴訟を提起し、クレジット問題の徹底的な追求を展開している弁護士の一団が、全国の公証人の収入、仕事の内容からいろいろな手続のミスなどについて目を光らせており、隙されあれば問題化しようとしていることを十分に心していなければならず、彼らの攻撃にとって格好な目標又は足掛かりを与えるようなことのないようわれわれとしては、更に事務処理の適正化に努めるべきものと思います。特に、最近でも、そのグループの弁護士から公証人に対して公正証書の付属書類の取寄せがあった要であり、鵜の目鷹の目でなにか問題にする事件がないかどうかを探している状況がうかがれるので、十分な警戒を要しましょう。(これは、平成2年の日本公証人連合会総会における理事長報告の内容の一部です−公証94号200頁)

□NHKの「知らないとたいへん」「公正証書のおとし穴」については、次のように書いています。

 この番組は、その筋立てと収録された事例は、・の番組と殆ど同様であったが、今度は、東京から派遣された司会者がかなり公正な立場で番組の進行をはかり、北海道大学の福永教授からの適切な解説がくわえられるなどした結果、弁護士の一方的な攻撃性が相当程度弱められ、事例の内容の誤りも若干補正され、結論的には、一般庶民に対し自らの実印と印鑑登録証明書を軽々に他人に渡したりしないように啓蒙する趣旨が濃く打ち出された内容となっていた。しかし、本来弁護士の提供した材料を元にして企画された番組であり、標題も不適切といわざるをえず、番組の全体を通じて公正証書の一般的信頼性が不当に損なわれるおそれの強い偏ったものであることは否定できなかった。