公証事務上の問題点
民事法情報・98(1994/11/10)38頁以降に紹介されている「公正証書」にかかる判例等を紹介したい。これは、法務省民事局第一課長が報告されているものです。
一、遺言公正証書
1、遺言能力■遺言能力を否定された例
- 東京地裁平成4年6月19日判決(家裁月報45巻4号119頁)
老年性痴呆により遺言能力がなかったとして無効 - 宮崎地裁日南支部平成5年3月30日判決(判時1472号・判タ824号)
前記事例とほぼ似たような事案 - 名古屋高裁平成5年6月29日判決(判時1473号)
78才の男性が昭和62年8月に、不動産35筆を含む全財産を、子供のころの遊び友達で、旧制中学校卒業後は殆ど交流もなく親族でもない弁護士に包括遺贈するという公正証書遺言をした。その弁護士を遺言執行者に指定し、半年後の昭和63年2月に死亡したという事例
この判決には、公証人は、この財産をもらうことになっている弁護士が、この公証人のかつての上司だったそうで、「公証人は、かっての上司で弁護士である控訴人を信頼し、あらかじめ準備した原稿の通り相違ないことを認めて事務を処理し、それ以上に遺言者の弁識判断能力に特に留意して、慎重に真意の確認をした形跡が窺われない」という厳しい指摘があるという。
判決では、「簡単な日常会話は可能だが、話をしているそばからすぐに忘れてしまう。姉さんが面会に来て、帰ったすぐ後で、面会に姉さんがきていたでしょう。と聞いても、面会にきていたこと自体も忘れている、というような非常に痴呆が進んだ状態にあったと認定されているという。 - 札幌地裁平成6年3月24日判決(この判決は、控訴審では逆転判決となった)
■遺言能力を肯定された例
- 静岡地裁沼津支部平成元年12月20日判決(判タ719号)
- 大阪高裁平成2年6月26日判決(判時1368号)
2、口授
少なくとも「はい」なり、「いいえ」なり、口で言ってもらわなければ口授にはならない、というのは確立した裁判例である(家裁月報28巻7号25号)
- 横浜地裁平成元年9月7日判決(判時1341号)
読み聞かされたものに対して頷いたというだけの例 - 仙台高裁秋田支部平成3年8月30日判決(家裁月報44巻1号)
公証人は、遺言者の言葉を直接聞くというよりは、間に立った遺贈を受ける人が話しかけて、何か言って、これはいいと言っているのだと。そういうことから、裁判所では、これでは遺言者が記述したことにならない、方式違背だと言っている。
この事例では、「遺贈を受けるものが同時に推定相続人で受遺者である者が事実上の立会人になっていた。そういう点でも、公正証書遺言の方式違背がある。無効である。 - 大阪高裁昭和57年3月31日判決(家裁月報33巻6号)
口授を肯定したもの
言葉が不明瞭な遺言者の発音を、日頃から聞き慣れてその意味を了解できる家政婦が遺言者の意向で通訳をして公証人に伝えたという事案。
- 東京地裁平成3年3月29日判決(判タ768号)
外国人の人公正証書遺言について口授が認められた事例 - 最高裁昭和54年7月5日判決(判時942号)
その都度「そのとおりだ」ということで声をだしている、という例で、口授を認めた事例 - 東京地裁平成5年5月25日判決(判時1490号)
高齢者がした公正証書遺言が口授の要件を欠き無効であるとされた事例
4、証人
- 広島地裁呉支部平成元年8月31日判決(判時1349号)
遺言者が公証人に口授しているのを約7メートル離れたところで10分間聞き取れないまま、傍観者的に耳にしていただけ。これでは、到底、口授の内容を確認し得ない、証人立会の要件を実質的に欠くということで無効。 - 横浜地裁昭和56年5月25日判決(判時1018号)
二人の証人が公証人席から5メートル位離れたところで聞いていた事案で、やはり、立会があるとは認められないとされた事例 - 大阪地裁堺支部平成5年5月26日判決
推定相続人を証人として遺言公正証書を作成したとして、国家賠償が認められた事例
実損害 18,432,057円 公正証書遺言が有効であったならば得られた利益 慰謝料 500,000円 社会的に信頼されるべき公証人が初歩的な過失によって無効の公正証書を作成した本件においては、原告主張の精神的苦痛に対する慰謝料としては金50万円が相当 弁護士費用 1,000,000円 が相当 合 計 19,932,057円
遺言公正証書にまつわる争いは、まさに、骨肉の争いとなります。しかも、遺言した人は、死亡しているわけですから、相続人の間にもたらされる亀裂は、修復が困難なまでになる可能性もあると思います。 遺言公正証書の作成に立会する証人について、次のような協議結果が明らかにされているという。 証人についてて印鑑証明書等により身元を明らかにさせることは法律上要求されていない。しかし、証人欠格事由(民法974条)のうち成年者がどうかを確かめるために印鑑証明書もしくは住民票等を徴する必要が在る場合があろう。未成年以外の欠格事由については、証人は、遺言者の側で、その責任において選任してくるものであるから、公証人としては、その有無を一応関係人に口頭で確かめるだけで責任を果たしたとみる考え方もあろう(昭和57年2月16日東京公証人会法規委員会協議結果)。 ドイツ公証人に課せられている教示義務と比してその違いに愕然とします。
注)民法974条 左に掲げる者は、遺言の証人又は立会人となることができない。 |