「日本公証人論」より
わが国の公証制度は、ドイツ法の流れを組むという。ドイツの公証人の職務上の義務及び公正証書の作成に当たっての注意義務はどのようになっているのだろうか。
ドイツの公証人の一般的な職務上の義務
1、正義を実現し憲法以下の法令を遵守・擁護する義務(法令遵守義務・不正使用目的公証の拒否義務 連公法14条2項・証作法4条)2、良心的な任務遂行の義務(真実証言義務・品位保持義務を含む)
3、独立義務と中立義務
公証は、私人の利益に奉仕する予防司法ではあるが当事者全員のため公平に介助し、かつ意図された法律行為の法的射程を教示しなければならない。
証書作成に際しての介助機能
法律行為公正証書作成に際しての公証人の事前介助は、法律行為が実体法上有効に形成されるように法律上最善の道を選んで当事者らを援助することにある。公証人は、公正証書作成により証書に公正力を付与する前に、当事者らの真意を探知し、意思表示内容と証書とを一致させねばならず、そのため、当事者らに真意を陳述するよう説得する義務を負う。真意探知の困難により生ずる不正確証書作成の危険は、西独では次の二つの対策により有効に防止されていると思われるという。
第一の対策 不正使用目的に基づく証書作成嘱託の拒否
これは、司法機関として、正義の実現を任務とする公証人の公益上の義務であって、私益保護義務である証書作成嘱託受託義務に優先するという)。
第二の対策 公証人は、当事者らが真意不合致・法律上無効の疑いのある法律行為について証書の作成に固執するときは、その疑いの事実を公正証書中に付記すべきである。
このような疑いを記載した金銭債務公正証書には強制執行認諾の条項を付することができない。
法律行為公正証書作成に際しての公証人の教示義務は、公証人の介助義務と不可分に結びついており、法律の規定をまってはじめて存在するものではなく、予防司法機関としての公証人の本質をなす義務であって西独においても、沿革的には、まず判例上確立した結果を、法律が追認した形をとっている。わが国(日本)の公証人も自らの任務が予防司法にあることを標榜する以上、自らに教示義務が課せられていることを否定することは許されず、あえて否定することは公証人の自殺行為とも言うべきであろう。
という。
二種類の教示義務
教示義務には二種類ある。第一は、法的射程教示義務であって、法律行為公正証書作成に際し、当事者らの真意を把握しかつ法律状態に適合した証書作成を行なうために、公証人に課せられる教示義務である。
これは、特に法律に不慣れか又は無経験な当事者に対しては、徹底して教示する義務がある。法律に不慣れな者は、自己表現が拙劣であるし、無経験者は、外観上は一義的で明瞭に思える意思表示をしても、全く別のことを考えている場合があるからである。
第二は、介助的教示義務であって、特別の事情が存在し、法律行為によって一方当事者が自ら意識していない損害を被るおそれが推測されるときに公証人に負わされる教示義務である。
介助的教示義務が発生するのは、一方当事者につき危険(予期しない不利益結果の発生の危険又は求められた法律行為結果の不発生の危険)が存在するのに、その当事者がその危険を意識してていないと公証人が推測せざるをえない特別事情が存在する時である。
例えば、当事者が保証を引き受けるに当たって、保証人が保証によって陥る危険(例えば、債務者の無資力)を認識していないことを、公証人が確信したか又は必要な注意を払えば少なくとも懸念たときは、公証人は、介助的教示義務を負わされる。
発生の事例
先祖代々巨大な財産を蓄積してきた大富豪が、その妻の一五才の連れ子(娘)を夫婦で養女とする契約を公正証書に作成した。その際、実父を相続する養女の権利は排除されなかった。そのため、養女とその実父(離婚した母の前夫)との親族関係も維持された。後日養父は死亡し、その直後に養女も未婚のまま一七才で交通事故のため死亡した。そこで、養女が養父から共同相続した巨額の財産は、養女の母と実父(離婚した母の前夫)が共同相続するに至った。死亡した富豪の他の共同相続人は、公証人に対し、教示義務違反によく損害賠償訴訟の訴えを提起した。連邦裁判所は、上告審として次のとおり判決した。公証人は、養子縁組契約を公正証書にするに当たり、養子が実父を相続する権利が排除されないときには、実父が養子を相続する権利も不変であること、及び養親は、終意処分により自分の自分の遺産が自分の家系から流出するのを防止することができることを教示すべきである。特に、本件においては、公証人は、次の事情を認識していた。養父が代々蓄積された巨額の財産の所有者であること、養女の実父がまだ生存していて、しかも現在の妻の離婚したっ前夫であること、 養父は公証人が加算の流出防止の点でも十分配慮してくれると信じていたことである。これらの事情は、養女が早死した時に生ずるであろう結果を、自発的に養親に教示すべき義務を公証人に負わせる特別の事情である。公証人が、本件において家産流出の危険を養父に教示していたならば、養父は、別に死因処分をなしていたであろう。この事件においては、養子縁組公正証書作成のすぐ後で、他の公証人が、養女を共同相続人に指定する公正証書遺言を作成しており、この後者の公証人も訴求されていたので、連邦裁判所は、この公証人に対しても、家産流出防止策を教示しなかったことにつき損害賠償責任を認めた。
この項は、「日本公証人論」(植村秀三著)を勉強したものです。この項のすべては、前記日本公証人論に記述されている内容です。植村秀三先生は、日本の公証人も、ドイツの公証人と同じ介助義務・教示義務を負っているという立場で、ドイツの公証人が負担している義務を紹介しておられます。実にすばらしい著作です。 日本においては、公証人には、「実質的審査権」がなく「形式的審査権」しかないとされています。 日本の公証制度が、ドイツの公証制度の流れを酌むものであるという大前提に立つた場合、彼我の差に愕然とする。 |