被害者を犯罪者にしてはならない!
犯罪による収益移転防止に関する法律第27条2項
サイト掲載: 2014年6月14日
私は、去年10月、ある女性(Kさん)から次のような相談を受けた。
知らない人(A氏)から携帯電話に電話がきた。お金を貸してあげると言われた。Kさんは、債務整理の相談を東京の弁護士にしているので貸してもらえないと思った。Kさんは、自分はお金は借りられないと思うと言ったが、A氏は、貸してあげると言った。少し、お金を借りたいと思ったので借りることにした。
A氏は、貸すお金を送金する口座番号を教えてほしいと言ったので教えた。
A氏は、10万円を貸すので、2万円の利息をつけて毎月1万円ずつ払ってほしいと言った。払うお金は、Kさんの口座に入れてほしい。A氏が、Kさんの口座から返済するお金を引き出すのにキャッシュカードと暗証番号が必要だと言った。キャッシュカードは、そのお金を引き出すだけにしか使わないと言った。
Kさんは、Aさんが10万円を送金すると言っていた日に、銀行に行ったがお金が入金されていなかった。口座の記帳をしたら、Kさんが知らない取引が記帳されていた。1000円を入れて1000円を出し、99万円が入金されて、すぐに99万円が引き出されているという記帳になっていた。驚いて銀行員に、自分の知らない取引だと言ったら、銀行員は、警察か、消費者センターに相談したほうがよいと助言した。警察には届けを出したほうがよいと助言した。
Kさんは、消費者センターに電話で相談をしたら、「あなたは被害者ですから警察に届けを出してください」と助言された。Kさんは、警察に届けに行った。
Kさんは、警察で、Aさんが、Kさんになりすまして口座を使うことを知ってやったということで、調べを受けている。
私は、Kさんの話を聞いて、まさか、Kさんが犯罪者として処罰されるとは思わなかった。
ところが、Kさんは平成26年4月、罰金20万円という略式命令を受けた。犯罪名は、「犯罪による収益の移転防止に関する法律第27条2項前段」違反である。
私は、「被害者」が「犯罪者」にされるというこの事件の異常さに驚き、略式異議の申立てをして正式裁判の弁護人となっている。
この事件の弁護活動をするについて調べたところ、この事件には、先例があることがわかった。
先例は、次のようなものだ。
東京簡易裁判所は、平成23年12月27日、下記のような判決を下した。
その罰金を完納することができないときは金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
東京高等裁判所は、平成24年5月9日、前記事件の控訴事件について、下記判決を下した。
この判決の罪となるべき事実は、次のようなものである。
この判決の事実認定の補足説明は次のようになっている。
- 被告人は、平成○○年○月○日午後7時過ぎに、「イノウエ」と称する者から被告人に対し、電話で被告人への融資の話が持ち込まれた。
- 翌日午前11時40分ころ、イノウエから被告人に対し、「10万円の融資を実行する。返済金については、手持ちの通帳に入金してほしい。それを自分がキャッシュカードで引き出すので、キャッシュカードと暗証番号を送付してほしい、返済が終わったら、キャッシュカードは返還する。融資金については○月○○日までに届くように、現金書留で送る」という内容であった。(以下 略)
- 被告人は、同日、キャッシュカードを、その暗証番号及び口座番号を記載したメモ用紙とともに、イノウエ宛に送付した。(以下 略)
私の問題意識
-
私の相談にのっている人も先例の被告人となっている人も、ヤミ金組織の被害者である。
「小遣いをやるから銀行口座を作ってくれ」と言われて、銀行口座を作ってくれる人が非常に少なくなり、ヤミ金等の違法犯罪集団は、違法なお金を入金させ、それを引き出すための口座の確保に四苦八苦している。その中で、「迂回融資」という形で、被害者の口座をヤミ金業者の入金口座として悪用する事例が多くなっている。このような中で、ヤミ金業者が編み出したのが、このような方法による預金口座の入手方法なのだということは明らかである。 -
私が相談にのっている女性も、先例の被告人も、「なりすまして他人が自分の口座を悪用する」という認識は持っていない。
東京簡易裁判所は次のように指摘している。
「被告人が、イノウエにキャッシュカードを交付した本来の目的は、被告人の承諾のもと、イノウエを代理人又は使者として、被告人のために預金を引き出させることになり、こきような役務受領行為は正当な権限を有するといえるから、この限りにおいては、被告人の行為は犯罪収益移転防止法26条(現在は27条)2項前段の構成要件に該当しないと解すべきである。」
「本件において、被告人の行為が前記の構成要件に該当するか否かは、被告人のイノウエに対するキャッシュカード交付時点において、イノウエ又は第三者が、同キャッシュカードを被告人になりすまして利用し、被告人名義の預金口座を振り込め詐欺などなんらかの不正のために利用する目的を有していたことにつき、被告人自身がその目的が確実であると認識していたか、又は不確実なものとして認識しつつこれを認容していたと言えるか否かによって、その結論が左右されることとなる。 -
このような被害者を犯罪者として処罰することになると、次のような弊害がある。
まず、国家は、被害者を犯罪者とするような刑罰権の行使をしてはならないと考える。
ヤミ金被害者を犯罪者とするようなことになると、弁護士は、ヤミ金被害を警察に告発することを躊躇せざるをえないこととなる。
このような犯罪は、被害者が、自分が被害者であるという認識の下に、自分が受けた被害を正直に警察に申告することよって、初めて、捜査当局は、犯罪の実相を知ることができるが、もし、被害者が犯罪者とされるということになると、被害者は、警察に事実をのべなくなり、ヤミ金の実態を把握することすらできなくなる。
そもそも、わが国では、名義人以外の者がキャッシュカードが使用して預金を引き出すことは横行している。配偶者や子供ら家族がキャッシュカードを使用することは正当な権限があるから違法性がないが、そうではない場合は、犯罪者となるというのは、あまりにも、恣意的な解釈ではないだろうか。
キャッシュカードを名義人以外の者が使用できないようにすることは、簡単である。指紋や虹彩等で本人確認をして、本人以外の者がキャッシュカードを利用できなくすれば、「なりすまして」他人のカードを使用することなどできないのである。そのようなことをせずに、被害者を犯罪者とすることは許されない。
銀行は、犯罪収益移転防止法による「疑わしい取引の届出」義務を果たさねばならないが、そのような届出義務を果たしていない。
銀行が、このような義務を果たしていたならば、K氏のような被害者は発生しない。
刑事政策としても、被害者を犯罪者とするような政策は、許されるべきではない。
刑罰は、罰金50万円となっていることから、略式で処罰されている人が多いと推測される。