−開幕−

‥汝、力に頼る事なかれ


連邦捜査局−地下5階。

周囲には聖域の如く張り詰めた空気が流れている。

かといって神聖な気配がするでもなく、冷気と言った方が正しくも思える場所。

階の入口からスティーブン博士の居るとされる研究室まで十数メートルの距離。

廊下をどれくらい歩いたであろうか‥。

ヴィクトル捜査官の眼前に、彼と同じく漆黒のスーツで身を固めた屈強な男数人が立ちふさがった。

だが、ヴィクトル捜査官の眼には迷い等無い。

「・・・ヴィクター!!」

立ちふさがった黒スーツの男はヴィクトルに対してプレッシャーをかける。

しかし、ヴィクトルはそれに応じるでもなく、ただ前を見つめている。

そして、ヴィクトルは男達を無視するか如く、一歩進み出た。

するとそれに呼応したかのように男達は、懐から拳銃を取り出す。

艶消しされたFBIカスタムガン−同僚の攻撃意思表示を確認し、ヴィクトルは小さく言葉を発する。

「‥やるしかないのか?」

それと同時に男達の銃口が火を噴いた−いや、噴くはずであった。

信じられない程の偶然?がヴィクトルの身を救った。

見えない悪魔に阻まれたかの如く男達の銃は一斉に暴発し、皆軽くはない負傷状態に陥っていた。

比較的ダメージの少なかった1人が素手で立ち向かおうとしたが、既にヴィクトルがの手には愛銃V10−ULTRA COMPACT.45ACPが。

男達は戦意を消失し、奥への通路は開かれた。

「‥奥に何がある?モルダウやスカリンを消してまで守ろうとする秘密とは何だ?」

ヴィクトルは呟き、束の間消されたXファイル課の先輩捜査官両名を偲びつつ無言で廊下を歩き始めた。

捜査上に浮かび上がったスティーブン博士−すべての鍵を握る男は天才か狂人か。

博士が研究を続けているという部屋まで後数歩。

そして、静かに扉を開け放つ。

部屋の中には車椅子の男の代わりに笑顔を浮かべた男が待っていた。

「‥プレジデント!?」

部屋の中の笑顔の主は正しく現合衆国大統領であった−ヴィクトルの精神は大きく揺さぶられていた。

糸を引いていた黒幕の正体は権力の頂点に立つ男であったのだ。

「愚行の報いは受けねばならない。ヴィクトル捜査官、邪魔者の行く末がどうなるかを教えてあげよう」

大統領が邪笑を浮かべそう言うと、背後に複数の黒服が現れる、次第にヴィクトルは気を失った‥。

‥汝、名を名乗る事なかれ


闇、闇、闇−深い黒色が支配する世界が広がる。

何も見えない、何も感じない。

自身の存在が空となり無になったかのようだ。

自分が存在するという事自体が夢幻の様にも思える。

実体が無く、空間に浮遊している感じの状態。

そして、視界は突然大きく開けた。

10メートル四方の、床だけの空間。

床は大理石で構成され、空間の四方にエンタシスの柱が幾本か立っている。

それだけの空間。

ヴィクトルはその床だけの空間の人影に気が付いた。

痩身で赤いスーツを身に纏い、髪はシルバーグレイ、眼鏡をかけた、車椅子の人物が目の前に現れる。

「ようこそ。私の名はスティーブン・・・意識と無意識の狭間−仮想空間−ヴァーチャルネットの住人だ」

ヴィクトルが探し求めていた人物である。

夢か幻か? それとも‥‥。

現実なのかその区別すら付かない。

しかし、その人物はヴィクトルを無視するように喋りだした。

「此処では自分の名前を言う事が出来る者は少ない」

スティーブンが言う通り、自分が自分という存在であることは判るの。

しかし、何故か自分という存在を証明する事が出来そうにない。

一種の記憶障害なのか。

暫くの間を置き、スティーブンは再び口を開いた。

「君は自分の名前を名乗る事が出来るかな?」

そして、スティーブンの問い掛けが終わると同時に、ヴィクトルの精神は答えを返した。

人間が生活を営む物質界でならば、ノイズにしか聞こえない言葉で‥‥。

「‥お、俺の名は‥朽乃葉、ヴィクトル‥幽也‥だ‥」

そこまで言うや否や、確かにその場に存在していたヴィクトルの意識はその場を離れ始める。

「よくぞ名乗った。君は強い意識を持つ人間だ。血筋も文句はない‥サマナーの資格は十分にある。この先、必ず選択肢を求められる事がある。そんな時でも自分の意志をはっきりと示して欲しい‥最後だが、これは私からのささやかながらのプレゼントだ。必ず君の‥‥」

スティーブンが完全に言葉を喋り終わる前に、ヴィクトルの意識はそこから離れていた。

精神は漆黒の空間を漂っている。

‥汝、自身の明日を捨てる事なかれ


「次に、この調査結果だが‥‥」

モルダウ捜査官の声が聞こえ、ふと視界が開ける。

灰色の壁、それに寄り添う形で取り付けられた背の高いロッカー。

机上には沢山の書類が並び、眼前にはスライドスクリーンが見える。

モルダウは依然として熱弁を奮っている。

しかし、ヴィクトルは話に集中できず、首を傾げ目は虚ろになり、何かを考え始めていた。

<何故オフィスに居るんだ!?>

<確か本部に潜入して、大統領と対峙した筈!?>

<仮想空間でスティーブン博士に出会った!?>

何かを考えている。

しかし、その思考はある一言で中断を余儀なくされた。

「ヴィクター、話はキチンと聴かないと駄目よ?」

ヴィクトルの隣で声は聞こえた。

その声の主はスカリン捜査官であった。

「‥ソーリー、気をつけます」

一言謝辞すると、ヴィクトルの視線は再びスライドスクリーンへ。

そして再度何かを考えているような気配を見せ始めていた。

<プロフェッサースティーブン‥いったい何だったんだ!?>

デビルサマナー『ヴィクター』誕生7日前の話である。

−終幕−

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