当初、バラクーダは星間連盟の技術の粋を結集した強襲メックになる予定でした。
・高性能放熱器組込の出力400超軽量核融合エンジン。
・射程向上型大口径レーザー。
・ガトリング型速射オートキャノン。
・軽量中枢骨格。
これらの新機軸の採用で、重量80tの巨体に高機動性と重火力の両立が約束されました。
更に補助火器として2基の10連LRMが追加され、設計上での完成度は非常に高く、星間連盟軍の期待はいやが上にも高まったのです。
最初の躓きはエンジンでした。
そのコンセプトに従い、従来のメックに比べて幅狭に設計された胴体には超軽量エンジンが納まらない事実が判明したのです。
1週間に渡る罵り合いと乱闘を交えた話合いの結果、エンジンは大幅な設計変更を受け、ブーストユニットブロックを胴体の左右にでは無く、後方と下方に展開する事になったのです。
この苦肉の策とも言える大胆なエンジンの改造は、事収納スペースに関する限り概ね満足の行く結果を出しました。
しかし、その形状変更が脚部の折り畳み機構に困難な課題を突きつける事になりました。
ブーストブロックと干渉しない様に折り畳む為、脚部は腰ユニットごと大きく後方に展開してからまとめ直す特殊な変形を要する事になったのです。
その変形方法はLRMの装備位置にも影響を与えています。
他のコンポーネントと干渉する事無く設定可能な位置は、最早脚基部の外側しか無かったのです。
胴体前方はどうなっているのか?との疑問は誰しも抱く処ですが、そこは主力火器である、オートキャノンと大口径レーザーの装備位置だったのです。
そのレーザーとオートキャノンですが、本来これらデリケートな2つの火器は胴体深く埋設され、念入りに防護されるべきです。
しかし、胴体内スペースは異様な形状のエンジンにその大部分を占有されており、エネルギーバイパスと放熱システムの関係上配置可能な位置は胴体の前方しかなくなっていたのです。
この大胆な火器露出による損壊を防ぐ術は不細工極まり無い嘴状パーツを砲身上に渡す事でした。
正直言って、この時点で判明している問題点だけでも失敗作の烙印を捺されるには充分だったのですが、設計上の迷走はここからが本番でした。
気の早い軍部は、ことも有ろうかこの検討試作段階で40機(約1個大隊に相当します)の先行生産を決定し、発注を行いました。
この際提示された納入日程は厳しいもので、開発に於ける時間的余裕が全く無いと言っても過言では有りませんでした。
にも関わらず問題は次々明らかとなって行きます。
運用テストの最中、大口径レーザーとオートキャノンが突如爆発する事故が発生しました。
当初その原因は火器の工作精度に起因する作動不良であると考えられていましたが、真の原因は他にあったのです。
バラクーダの特徴である収納形態、それこそがこの暴発事故の真の原因だったのです。
脚部を収納状態に折り畳み、胴体が前傾した状態で重力加速度を加えると、集中応力を受けた胴体下面の可動ハッチが変形し、砲身部に予期せぬ方向から荷重がかかり変形する可能性がある事が武器メーカーの独自調査で証明されたのです。
<この武器メーカー担当者の不眠不休の独自調査による真相究明の過程は非常に興味深いものですが、ここでは割愛致します>
この報告を受けてバラクーダの腕部には新たな機能が付加されました、収納状態での前方支持肢としての機能です。
これもエンジンが普通に納められた胴体の形状であれば発生しない様な特異な問題だと言えるでしょう。
さて、80tの重量を支える事が、非稼働状態の腕部中枢にとって過剰な労働である事は明白です。
当然腕部の強度不足が叫ばれました。
(バラクーダは収納状態での対G試験中に腕部骨格の破壊音の形で、文字通り悲鳴を上げたのです)
急場の対策として、腕部には関節ホールド機構が設けられました。
この対策は腕部に充分な強度を与えましたが、同時に満足に腕として機能させる事が出来なくなっていたのです。
しかし機動性と砲撃能力を重視した設計であると言う事実、そして殆どのメックを粉砕するであろうキックのパワーが腕部の能力の不足に目を瞑らせました。
残念な事に最後ならざる次の問題は脚部に発生したのです。
外側に10連LRMを装着した脚の基部には、過大なモーメントがかかっていたのです。
その弊害は唐突に訪れました。
格闘戦闘の評価試験中に急に脚が腰から後方に折り畳まれる事故が発生したのです。
この問題は収納時にのみ引き抜くアンカーピンの設定で暫定的に処理されたのですが、最終量産に至って尚改善されませんでした。(見落としだったのかも知れません)
整備マニュアルへの記載も控えめなこの項目は、当然戦場での問題を防止する事が出来ず、原因をつかめない前線指揮官はバラクーダのMWにキックの使用を禁じたのです。
これで、バラクーダに残された格闘手段は突撃のみになってしまったのですが、突撃は自滅行為に他なりません。
何故なら、前方に突出した主火器の砲身が真っ先に突撃時の衝撃を受け止める事になるからです。
結果は明白です。
突撃を行った後、入念な整備点検を行わずに再度射撃を試みたMWは、後悔する暇も、する必要も無くなってしまう危険を冒しているのです。
これらの問題にも関わらずバラクーダは予定通り40機が生産され、星間連盟軍に納入されたのです。
最後の問題は実戦で明らかとなりました、意外な脆弱性が露見したのです。
バラクーダに搭載された3つの実弾兵器は、その弾薬の収納部位を何れも胴体左のバルジに求めていました。
そこには弾薬とエンジンの張り出し部以外に何も収納されておらず、装甲の貫徹はそのまま機体の大爆発へと速やかに移行したのです。
もしバラクーダが本格的に量産されていれば、これらの問題点は広く知られる所となり、このメックは誰にも見向きもされる事のない、単なる失敗作で終わったでしょう。
しかし、バラクーダを運用した奇襲隊は、使命感に起因する涙ぐましい努力と卓越した技量で華々しい戦果をあげ、同時にバラクーダと言うメックの詳細はひた隠しに隠されたのです。
それが新たな悲劇(当事者以外にとっては喜劇)のはじまりでした。
星間連盟が崩壊し、技術の衰退と戦力不足の中、偶然にもバラクーダの設計図が発見されました。
その名声のみを知る恒星連邦軍部はメック製造メーカー「ジェイナムINC」に対し、万難を排して「バラクーダ」の再設計、及び量産への立ち上げを進める様命じたのです。
しかし技術の衰退は当時と同じスペックでの完成を不可能にしており、ジェイナムINCの技術者は可能な限り設計コンセプトを踏襲した設計案を提示しました。
その設計仕様は本来のバラクーダで発生したあらゆる問題点を再現可能であり、設計者の正確な把握能力を証明していたと言えるでしょう。
不幸にも。
再設計されたバラクーダは超軽量エンジンを採用不可能であり、最大移動力は64km/h留まりです。
この通常型核融合エンジンの採用は胴体内余剰スペースの増加を意味し、幾つかの問題点は解決される筈でした。
しかし各火器の配置が変更される事は無く(基礎知識が根本的に不足しており、現在では設計段階でその意図する所を読みとる事は非常に困難です)格闘能力の欠如は改善されてはいませんでした。
しかも、再設計型バラクーダには新たな問題が隠されていました。
高性能放熱器こそ利用不可能になっていましたが、同時に高性能の火器も基盤技術から喪われており、放熱能力は奇跡的にバランスを維持しています。
しかし放熱バイパスの変更は生命維持装置に通常以上の負担を強いる事になりました。
不幸にも、この時ジェイナムINCが入手可能だった唯一の生命維持装置、KKT−53aは粗悪品で、長時間高温環境に晒されると有毒ガスを発生する材質が使用されていたのです。
この事実が発覚する迄に、数人のMWが謎の死を遂げる事になりました。
ジェイナムINCは即座にリコールを受け入れ、改修作業を開始しましたが、この頃弾薬の集中配置を含む多々の問題点が明らかとなり、追加発注が停止措置を受けました。
何より、現在はメックの生産そのものに苦心する時代です。
性能を犠牲にしてまで強襲メックを「予想外に大量投入する」と言う目的で設計されたバラクーダには存在価値が見いだされる事は無くなっていたのです。